夫婦別姓論議

『妻も敵なり』岡田英弘

 中国人は一歩表に出れば、敵だらけだと思っていると書いたが、実のところは、それ以上に厳しい世界に住んでいる。彼らは家庭に帰っても、気を緩めることができない。何しろ、男にとって最大の敵は、自分の妻であるからだ。
 妻ほど自分の私生活を知りつくしている人間はいない。つまり自分の弱点を最も握っている危険人物は、妻なのである。
 なぜ、中国において夫婦間が敵対関係になるのか――その理由はいくつかあるが、その最大の原因は中国社会が父系社会であることにある。
 ご存じのように、中国では結婚しても女性は姓が変わらない。今の日本では夫婦別姓論議がさかんだが、中国の場合、女性の姓が変わらないのは、彼女の地位が高いからではない。結婚しても姓が変わらないというのは、要するに、いつまで経ってもよそ者扱いされているということである。
 極論を言えば、中国において女性とは、後継ぎを作るための道具に他ならない。もちろん、この場合の跡継ぎとは、男の子のことである。女の子を産むようでは問題外である。
 なぜそこまで男の子にこだわるのかというと、中国では男系の子孫だけが死んだ人の魂を祀ることができるからである。そうでない者、つまり娘がいくら供物をしても、それは死者の口に届かない。そのため、男系の子孫が絶えた家では、死者は永遠に腹を空かせていなければならない――だから、男の子を産むかどうかが「家」の最大の関心事となるのである。(p72)

李朝末期の朝鮮女性は完全に物扱い

嫌韓流 実践ハンドブック 反日妄言撃退マニュアル』桜井誠

 さらに、李朝末期の朝鮮女性は完全に物扱いされており、氏どころか名前さえ無かった者も多く、あの悪名高き閔妃でさえ「閔氏の妃」と言うことで閔妃と呼ばれるが、その名前は伝わっていないのであるから、一般民衆や被差別民衆の特に女性の名前がどうなっていたか想像に難くないものである。(p30)

陸軍大学校の教育

『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』牧野邦昭

 したがって総力戦研究所もその研究成果がかなり過大に評価されている面があるが、むしろその「成果」は「教育機関」としてのそれの方が重要であると考えられる。西浦が「その時一緒にはいっていた者がみんな各省の次官クラスになって、大いに総力戦研究所が敗戦後の処理に役に立ったと言って、私も随分方々から言われました」と述べているように、総力戦研究所は「大学院大学」として戦後に活躍する人材の育成に役立った。
 さらに総力戦研究所での「演練」中心の教育は、そこに参加した官僚が受けてきた大学における座学・知識中心の教育とは大きく異なるものであった。総力戦研究所初代所長になった飯村穣は長く陸軍大学校教官を務め、昭和一三年には同校校長にもなっているが、「陸大の教育は、知識を与えるよりは、観察力、思考力、判断力等を養う頭の体操、否剣術を主とした。この教育法は、よかったと思う。これらの力をもっていれば、事に当たり、適当に、わが行く道を発見し得るからである」と、「知識を与えるよりは、観察力、思考力、判断力等を養う」陸軍大学校の教育を評価していた。そのため飯村は教育機関としての総力戦研究所でも座学よりもアクティブラーニング的な教育を行った。(p146)

是正

『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ

 小堀桂一郎

 ここに至るまでに、日本国内で日本人研究者の手に成る学術的・良心的な東京裁判の批判的研究の公表点数は夥しいものであり、それが国内に瀰漫してゐた東京裁判史観一辺倒の空気を払拭とまでは至つてゐないにせよ、或る程度是正するのに大いなる力を発揮したことは勿論なのだが、残念ながらそれらの東京裁判批判論は言語の障壁を越えて広く国際社会に影響を及ぼす様な力は持ち得なかつた。この局面に於いて国際的影響力を持ち得たのは主としてアングロサクソン系の歴史学者達の手による英文の学術的業績であつた。(p04)


 実に空しく莫迦々々しい争ひとは思ふのだが、挑まれた以上は応戦しなくてはならない。少なくとも相手の居丈高な怒声・罵声を張り上げての糾弾に対し、臆せず怯まず、次々と反駁・反撃の材料を繰り出してやり返すだけの豊富な武器を我々は手にしてゐなくてはならない。現在の日本の知識人には、この反撃のための材料がまだ甚しく乏しい様に思はれる。且つその武器は、現在の中国人の様な一つの固定観念に凝り固まつた相手に対しては、現在自分は斯く考へる、斯く判断する、といつた学術的討議の論法では通用しない。なるべくなら昭和十年から十二年当時の支那大陸の実情を、その当時の公正な観察者の眼で見たと言へる様な記録、謂はば同時代の目撃証人による証言の記録が欲しい。その記録が当時の国際社会に於いて公正と認知されたものであれば更によい――と、およそこの様な外枠を設定して、私はこの枠に当てはまる歴史文献の蒐集を心がけてきた。
 その探索の途上で、或日私はふとこのカール・キヨシ・カワカミの Japan in China にめぐり合つた。そして、これは上記の基準に照して、対中国「歴史認識」論争の際に、我々が有力な武器として使ふことのできる材料の一であると直感した。(p06)

台湾東部でM6.8の地震②