ニャー太郎のブログ

休止中。2020年11月13日。

最強理論=自然農法+小機械(現状における最善)

『氷川清話』勝海舟 講談社学術文庫

 恐ろしい人物二人

 おれは、今までに天下で恐ろしいものを二人見た。それは、横井小楠西郷南洲とだ。
 横井は、西洋の事も別に沢山は知らず、おれが教へてやつたくらゐだが、その思想の高調子な事は、おれなどは、とても梯子を掛けても、及ばぬと思つた事がしば〱あつたヨ。おれはひそかに思つたのサ。横井は、自分に仕事をする人ではないけれど、もし横井の言を用ゐる人が世の中にあつたら、それこそ由々しき大事だと思つたのサ。
 その後、西郷と面会したら、その意見や議論は、むしろおれの方が優るほどだツたけれども、いはゆる天下の大事を負担するものは、果して西郷ではあるまいかと、またひそかに恐れたよ。
 そこで、おれは幕府の閣老に向つて、天下にこの二人があるから、その行末に注意なされと進言しておいたところが、その後、閣老はおれに、その方の眼鏡も大分間違つた、横井は何かの申分で蟄居を申付けられ、また西郷は、漸く御用人の職であつて、家老などといふ重き身分でないから、とても何事も出来まいといつた。けれどもおれはなほ、横井の思想を、西郷の手で行はれたら、もはやそれまでだと心配して居たに、果して西郷は出て来たワイ。(p68)

マルクス主義=有機農法と近代農法の間で迷走

『21世紀のマルクス伊藤誠 大藪龍介 田畑稔 編

 マルクスエンゲルスは『共産党宣言』の頃には、資本主義的発展によって小農は必然的に没落するであろうという「小農没落論」を共通に持っていたが、次第にマルクスは小農などの小経営の「自由な個性」に関わる積極的な特質や農業共同体の「自然の生命力」に基づく共同性などの意義を認めてそれを脱却し、晩年の「ザスーリチへの手紙」に至った。エンゲルスも同時期に「マルク」という論文で、古いドイツの「マルク共同体」の再生に触れてマルクスの立場に近づいたこともあったが、後述するように結局、生産力増大による歴史の法則的発展を重視するエンゲルスは、マルクス死後、従来からの単線的な歴史観に復帰していったように思われる。(p319)

韓国の人身売買

韓国で相次ぐベトナム人妻の殺害事件  坂場三男
https://blogos.com/article/232936/

 観光客を装った韓国人男性がグループでベトナムを訪れ、人身売買もどきにベトナム人女性を物色しているとの噂が絶えない。私がハノイに駐在していた2008-10年当時にも違法な集団見合いの摘発が相次ぎ、大きな社会問題になっていた。ホーチミン市の隠れ家のような民家で、韓国人男性7人に花嫁候補のベトナム人女性161人(既婚者も多く含まれていたという)が集まって「お見合いパーティ」をしていたとの報道を目にしたし、韓国人男性1人に若いベトナム人女性68人が集まり、女性を裸にしてファッション・ショーのように壇上を歩かせ、好みの女性を物色している現場が摘発されたとの驚くべきニュースもあった。

 2014年には国際結婚に関わる法制度を厳格化し、女性側が意に反した結婚を強いられない手続きが定められたようである。50歳以上の男性との結婚を原則禁止にしたり、20歳以上の年の差がある場合は結婚許可書の発給に当たって当局との事前面接を義務付けるといった内容が盛り込まれている。その効果があってか、韓国人男性とベトナム人女性の結婚件数はかつての年間8~9千人から今では3~5千人のレベルまで減少しているという。

「慰安所で欲望ぎらつかせる韓国兵に恐怖感も」とベトナム人

慰安所で欲望ぎらつかせる韓国兵に恐怖感も」とベトナム人
https://ironna.jp/article/1494

 旧サイゴン市内には韓国軍専用の飲食施設があった。そのひとつが、市の中心部・フーニャン区の「ホンハーホテル」に店を構える「ハンクォック・クラブ(韓国クラブ)」だ。しかし、その実態は「クラブとは名ばかりの韓国軍慰安所のようなもの」(近隣住民)だったという。

 付近でヘアサロンを営むゴー・ヴァン・タムさんが語る。

「店では15~20人の若いベトナム人女性が韓国兵の相手をしていました。クラブで女性をピックアップし、上階のホテルに連れ込むシステムです。彼らは子供ができないよう、女性たちにピルを飲ませて行為に及ぶため性病が蔓延していたそうです。性病が元で命を落とした女性もいたと聞いています」

 避妊に失敗し女性が身ごもった場合も責任を取らず、韓国兵がそのまま帰国してしまうケースも相次いだ。そうしてできた子供は「ライダイハン」と呼ばれ、ベトナム戦争終結後も困窮と差別の中で生きることとなった。ベトナムには最大で2万人のライダイハンがいるとも言われている。

 当時、同ホテルの裏手に住んでいたホアン・ティ・バック・トゥエットさんは、欲望をぎらつかせる韓国兵に、得体の知れない恐怖を感じたという。

「ホテルの近くにある倉庫で、軍服を着た韓国兵たちが番号札を付けた女性を並ばせていたことがありました。何をするのか遠目に様子を窺っていると、彼らは福引の抽選機のようなものを持ち出した。セックスの相手を選ぶゲームをしていたのです。

 番号で選ばれた女性は、韓国兵に手を引かれどこかへと消えていきました。彼女たちがどのような女性だったのかは分かりませんが、このようなことをする韓国人がとても、怖かった」

 ベトナム戦争終結から40年。サイゴンからホーチミンへと名前を変えたベトナム最大の都市は近年急速な発展を遂げ、今や戦争の面影は残されていない。しかし、韓国軍がこの地で行った恥ずべき行為の数々は人々の記憶に深く刻み込まれている。

構造的反米派の右翼性

『帝国以後』エマニュエル・トッド

 構造的反米派は、アメリカは本性からして悪質なのであり、資本主義システムの悪しき作用の国家的体現に他ならないという、いつもながらの解答を寄せる。フィデル・カストロのような小振りの地域的専制君主を崇拝するにせよしないにせよ、計画経済の失敗が最終的に確定したことを理解したにせよしていないにせよ、彼ら永遠の反米派にとって現在この時点は、まさに我が意を得たりという瞬間である。なにしろついに、アメリカ合衆国が全世界の均衡と幸福にネガティヴな貢献をしていることを真顔で指摘することができるようになったのだから。しかし勘違いしてはならない。こうした構造的反米派の現実と時間に対する関係は、止まった時計のそれに等しい。止まった時計でも、一日に二度は時刻が合うものなのだ。彼らの中で最も典型的なのは、実はアメリカ人である。ノーム・チョムスキーの著作を読んでみるといい。世界の変化についての自覚はいささかも見受けられないだろう。ソ連の脅威の以前であろうと以後であろうと、アメリカは変わることがなく、同じように軍国主義で、抑圧者で、自由主義を装っているだけだ。今日イラクにおいても、四半世紀前ヴェトナムにおいても同じである。しかしチョムスキーの描き出すアメリカは、悪質であるだけでなく、全能である。
 もう少し文化的で現代的な部類からはベンジャミン・バーバー〔ラトガーズ大学政治学教授、ウォルト・ホイットマン・センター所長〕の『ジハード 対 マックワールド』を取り上げることができる。彼はわれわれに、アメリカの軽蔑すべき下位文化と、それに劣らず耐え難い部族制の残滓の対決によって荒廃した世界の絵巻を描き出してみせる。しかしアメリカ化の勝利を予告しているところを見ると、ベンジャミン・バーバーは、その批判的姿勢の奥底で、十分に自覚しないままに、アメリカ・ナショナリズムの徒であることがうかがえる。彼も自国の力を過大評価しているのである。(p25)

個人主義的アナキズム(リバタリアニズム)は成り立たない

チョムスキーの「アナキズム論」』ノーム・チョムスキー

 はじめに  バリー・ペイトマン

 ウッドコックによれば、チョムスキーは(ゲラン同様)自分のマルクス主義思想をソフトにかつ浄化するためにアナキズムを利用しようとする左翼マルクス主義である。チョムスキーの論考は一九世紀アナキズムの陥穽にはまっていて、よく言えばアナルコ・サンディカリズムであり、悪く言えば単なる経済決定論である。(p14)

二つのアナキズム

チョムスキーの「アナキズム論」』ノーム・チョムスキー

 ――こうした先例はリバタリアン思想の適用可能性が産業革命以前の段階――技術や生産がとても素朴で、経済組織がどちらかといえば小規模でローカルな田園社会を前提にせざるをえなかった段階にとどまっている、ということを示していませんか?

 これについてふたつにわけて論じましょう。ひとつは、アナキストがそれについてどう考えたのかということ、もうひとつは私の考えです。アナキストの対応についてはふたつあります。アナキストの伝統のうちのひとつは――クロポトキンが代表的な人物だと考えられるでしょう――あなたが説明したようなリバタリアン思想の性格がおおよそあてはまります。その一方で、もうひとつのアナキズムの伝統があります。それはアナキストの思想を、とても複雑な先進産業社会にふさわしい様式の組織形態であると率直にみなすアナルコ・サンディカリズムを発展させました。そしてその潮流はアナキズムに合流するか、少なくとも左翼マルクス主義と非常に緊密な関係にありました。こうしたことは、たとえばローザ・ルクセンブルク派の伝統のなかで育まれた評議会共産主義のなかに、また、産業世界を構成する一員の科学者、天文学者でありながら、後年は労働者産業評議会の理論を発展させたアントン・パネクークのようなマルクス主義者に見いだされます。
 どちらの見解が正しいのでしょうか? アナキズムの考え方を産業革命以前の段階の社会にとどめる必要はあるのでしょうか。あるいはアナキズムは高度な先進産業社会にふさわしい合理的な組織化のあり方なのでしょうか? 私は後者だと思っています。産業化と技術の進歩は、以前の時代にはまったく存在しなかったような広範囲な自己管理の可能性を開くと思うからです。これはまさしく、進歩し複雑化した産業社会にふさわしい合理的なあり方なのです。そこでは労働者が差し迫った問題にみずから対処する。つまり工場の指揮や管理だけではなく、経済のしくみや社会制度に関することで、地域あるいはその範囲を超えた計画の立案に関することで、重要な実質決定をおこなえるような地位を得るのです。現在では、既成の制度は労働者が必要な情報をコントロールすること、そして状況を理解するに適切な訓練を施すことを認めていません。多くのことがオートメーション化されるようになるかもしれません。適切な水準の社会生活を送るうえで求められる必要労働の多くは――少なくとも原理的には――機械に委ねることができるようになっています。こうした手段の機械化は、人間が産業革命の初期の段階ではありえなかったような創造的労働を、客観的には自由にできるようにしました。(p235)


 ――政治学の理論では、アナキズムは主にふたつの概念に同定されます。ひとつは、主にバクーニンクロポトキン、マフノといった人びとが提唱した、ヨーロッパ特有の、いわゆる集団主義アナキズムといわれるものです。もうひとつは、アメリカに特有の、いわゆる個人主義アナキズムといわれるものです。このような理論的な分類は妥当でしょうか? そしてこの視覚からするとアメリカのアナキズムの歴史的起源はどこにあるとお考えでしょうか?

 あなたのいう個人主義アナキズム、そのなかでもとりわけアメリカのいわゆる「リバタリアン」運動といわれるもののルーツのひとつは、シュティルナーのような人たちです。これは自由市場資本主義に献身するというものであり、他の国際的なアナキズム運動とは何の関係もありません。ヨーロッパの伝統のなかでは、アナキストは一般に、「リバタリアン」という言葉とは非常に異なる含意をもつリバタリアン社会主義を自称しました。私の知る限り、アメリカでは、アナキストを自称しない労働運動は、アナキストを自称した多くの人びとよりも、ヨーロッパ的なアナキズムと気脈を通じていました。産業革命初期から一八五〇年代までの労働者新聞をひもとけば、そこには真のアナキズムの傾向が見いだせます。(p406)