2013-03-19から1日間の記事一覧

秋山真之

『天才の本質』竹下和男 秋山真之は、日露戦争の勝敗を決した日本海海戦の連合艦隊の先任参謀である。日露戦争は、大国ロシアに対して東洋の一島国日本が国の興亡を賭けて戦い、のるかそるか、紙一重で辛くも勝利した戦いであった。 そして、ロシアのバルチ…

戦国武将たちの食事

『図説戦国女性と暮らし』 乱世は実力がすべてであった。乱世においては学歴も家柄も関係なく、実力だけが唯一の武器なのだ。頭脳力、戦闘能力、体力に勝る者だけが生き残り、富と地位を獲得できた。厳しい時代を生き抜き、成功者として名をあげた武将たちの…

口ばかり達者な侍

『戦国武将勝ち残りの戦略』風巻絃一 しかしその反対の者、たとえば、他人の評判ばかりして自分は何の働きもない侍――つまり口ばかり達者な侍に対しては、ひどくきびしかった。 近習の只来五左衛門という侍がそれだった。三十七、八にもなるのに、ほとんどこ…

上杉謙信

『戦国武将勝ち残りの戦略』風巻絃一 また彼(上杉謙信)はものごころつくころから、一間四方の城の模型の前に坐り、あやつり人形を使って終日、城攻めの工夫をこらしていた、というから、天性、兵法に熱心な資質を備えていた、といえる。(p91)

織田信長

『勝者の極意』津本陽 信長は無学です。十三歳で一切の勉学をやめています。武田信玄などが学んだ孫子の兵法とか軍学は何も知らない。俺のやり方でいくぞという流儀。だから周囲がびっくりするような角度から物事に迫るのです。といって蛮勇一途かというと、…

「こういうとき、お前ならどうするか」という教育

『勝者の極意』津本陽 津本 大久保は子供のころ、毎日毎日、「こういうとき、お前ならどうするか」という教育を受けていて、彼も私利私欲はないんです。明治の官僚、とくに長州出身の官僚はかなり収賄をやっていますが、薩摩出身はあまりやっていない。薩摩…

六・三制

『もう一つの戦後史』江藤淳 江藤 そうしますと、昭和二十年(一九四五)十月以降から十二月にいたるGHQの四つの指令、教育制度に対する管理政策、教育関係者の調査、除外、認可に関するもの……。 天城 いわゆる教職追放、審査の問題ですね。 江藤 それから国…

公立学校と私立学校

『もう一つの戦後史』江藤淳 天城 ところで、日本では公教育システムをいってるんですけれども、中学校までは義務制になっちゃったから例外ですが、高校で三割、大学では八割が私学だということが独特なんです。これは先進国にないんですよ。 江藤 そうです…

戦前経験した制度

『もう一つの戦後史』江藤淳 天城(勲) 旧制大学と新制大学がよくくらべられるんですけれども、昔の旧制大学というものは旧制高等学校を含めてはじめて存在していたんです。それと新制大学をくらべなければいけないわけですからね。 昔は旧制高校がリベラル…

科挙(受験勉強)の害

『人にはなぜ教育が必要か』小室直樹 色摩力夫 中国の考証学の祖顧炎武(こえんぶ、彼はまた、朱子学者でもあります)は曰(い)いました。科挙の害は、焚書坑儒よりはなはだしい、と。 「焚書坑儒」とは、秦の始皇帝が、儒学などの書物をすべて焚(や)き、…

陸軍士官学校と海軍兵学校

『人をつくる教育国を作る教育』小室直樹 大越俊男 小室 その頃の日本は、できたばかりの新興国で、欧米に負けないためには、まず軍隊を作らねばならないということで、陸軍と海軍を作ります。そして軍のエリート養成機関として、陸軍士官学校と海軍兵学校を…