2021-05-15から1日間の記事一覧

汪兆銘の和平運動のきつかけ

『昭和精神史』桶谷秀昭 汪兆銘の和平運動の直接のきつかけを作つたのは、すでに挙げた諸要因のほかに、蔣介石の焦土戦術がある。 事変二年目の五月、徐州は陥落し、敗走する中国兵を追撃して、日本軍は隴海線を西へ進み、蘭封、開封を占領し、京漢線(北京漢…

日中媾和の機会が流れた原因

『昭和精神史』桶谷秀昭 ところでトラウトマン調停による日中媾和の機会が流れた原因は、複雑な要因が錯綜してゐて、一つにしぼることは不可能である。しかし、一九三七(昭和十二)年暮から翌年正月にかけて、時を遷延して、機会を逸したのは、日本側よりは蔣…