2022-01-30から1日間の記事一覧

捕虜の話

『「昭和の大戦」への道』渡部昇一 オーストラリアとの関係について、一言しておく必要がある。オーストラリアは日本に一方的に宣戦を布告しながら、戦争中の捕虜虐待を最も声高に言った国であるからだ。 一九九五年(平成七)二月十五日、同国のキーティング…

捕虜

『「昭和の大戦」への道』渡部昇一 規模こそ小さいが、イギリスもソ連と同じように終戦後も日本兵を帰還させず、強制労働をさせていた。イギリスの例もソ連の例も、明白な捕虜虐待、しかも戦争終結後の虐待だから、さらに悪質である。 これは、ポツダム宣言…

マギーフィルム

『「昭和の大戦」への道』渡部昇一 東京裁判における「南京大虐殺」の審理は、マギー牧師らの証言を中心に進んでいったわけであるが、反対訊問になってアメリカ人弁護人から「では、あなたが実際に目撃した殺人は何件でしたか」と尋ねられると、正直にも「た…

非現実的な「大量虐殺」

『「昭和の大戦」への道』渡部昇一 南京では二十万人から三十万人のシナ人が殺されたわけだが、これだけの人間を殺すのは、その場の激情や思い付きでなしえるものではない。 昭和二十年(一九四五)三月十日の東京大空襲では、三百機のB29が一千六百六十五トン…

唯一の記録

『「昭和の大戦」への道』渡部昇一 ただ、ここで公平を期すために、英国『マンチェスター・ガーディアン』紙の特派員ハロルド・ティンパリーというオーストラリア人記者が、南京陥落の半年後、『外国人の見た日本軍の暴行』なる本を書いたことを記さねばなら…

戦前のバックナンバー

『「昭和の大戦」への道』渡部昇一 私はかつて、アメリカ『タイム』誌の戦前のバックナンバーを全部調べたことがあるが、そこには一つとして、日本軍が南京で万単位の虐殺をしたというような話は書かれていない。私が見落としたとは思えないが、少なくとも私…

なぜ誰も「虐殺」を知らなかったのか

『「昭和の大戦」への道』渡部昇一 理由の第一としては、「かりに南京大虐殺が行われていたとしたら、なぜ日本人は戦後になるまでの長い間、誰も知らなかったのか」ということである。 これには二つの可能性が考えられる。一つは、徹底的な報道管制を敷いて…

南京大虐殺など見たことも聞いたこともない

『南京事件「証拠写真」を検証する』東中野修道 小林進 福永慎次郎 平成四(一九九二)年の夏、日本思想史研究の関係で荻の松陰神社に調査に行ったときのことだった。途中の下関で、南京戦に参戦したという将校にお会いする機会があった。京都歩兵第十六師団第…

南京事件にかんする新資料

『南京事件「証拠写真」を検証する』東中野修道 小林進 福永慎次郎 ところが、南京事件にかんする新資料が平成十三(二〇〇一)年から次々と発見された。これによって明らかになったおもな点を箇条書きに記してみる。 一、世界で初めて南京大虐殺を告発した『…

伝聞によるラーベの記録

『南京事件「証拠写真」を検証する』東中野修道 小林進 福永慎次郎 そこで私はベルリンから綴りのマイクロフィルムを取り寄せ、自分で確かめてみることにした。問題の箇所を読んでみると、たしかに「陥落から三ヵ月が過ぎても下関〔南京の揚子江岸の港町〕の…

特派員

『南京事件「証拠写真」を検証する』東中野修道 小林進 福永慎次郎 南京の日本軍の「非行」を非難するハロルド・ティンパーリ編『戦争とは何か――中国における日本軍の暴虐』も読んでみた。ティンパーリ氏はオーストラリア人で、当時イギリスの『マンチェスタ…

内部資料

『「東京裁判」を裁判する』渡部昇一 ところが、二〇〇一年になって北村稔さんという立命館大学の教授が『「南京事件」の探究――その実像をもとめて』(文春新書)という本を出した。北村先生はもともと南京事件に興味があったわけではなく、シナの近現代史の研…

晒し首

『南京事件「証拠写真」を検証する』東中野修道 小林進 福永慎次郎 生首の写真は、ぞっとする残酷な写真だ。首を斬り、生首を並べるという行為を想像するだけで、人を殺すことを何とも思わぬ惨酷な人間性が感じられる。 写真95の初出は『ライフ』誌一九三八(…

爆撃

『南京事件「証拠写真」を検証する』東中野修道 小林進 福永慎次郎 戦闘には空からの爆撃もある。ここで問題なのは、東京大空襲のように市民にたいする無差別爆撃を日本軍が南京で行ったのかどうかであろう。事実上全市民が避難した南京の「安全地帯」にたい…