国家と教育の再生は「家族」から始まる

鍵は家庭と食事にあり   櫻井よしこ

 私に課せられたテーマは「家族の絆について」でございます。私がいくつかの学校を取材して、たまたま出会った素晴らしい事例をお話しして、家庭生活の参考にしていただければと思います。
 長野県に真田町という町がございました。平成十八年四月に市町村合併上田市となりましたが、その旧真田町地区には公立の小学校が四校、公立中学校が二校あります。地方の町においても、家庭内暴力があり校内暴力があり不登校の子供たちがいて、万引きをはじめ犯罪に手を染める子供たちが少なくないのが日本の現状です。ところが、この真田町では過去四年余り、犯罪で補導される子供はゼロ、校内暴力もゼロ、不登校もゼロ、そして成績は信じがたいほどに全員がいいんです。
 たとえば全国で百数十万人の子供たちが受ける教研式のCRT全国テストという学カテストがあります。全国平均と比べて点数が高いとA、 中間値はB、低いとCに分類されます。この真田町の子供たちも受けていて、平成十七年のある小学校の二年生の国語の結果は、読む、書く、理解するという全 ての能力において全員がAでした。Bは一人もいない。Cも一人もいない。全国ではAが六十数%、Bがニ十数%、Cが十数%ですから奇跡的な成績です。一部の子供ではなく全員の学力が高いのです。しかも先ほど申し上げましたように、校内暴力も犯罪も不登校もゼロで、今のところいじめも見つかっておりません。
 そこの教育長に大塚貢先生という方がいらっしやいます。教育に一生を捧げようと地道な努力を重ねてきた方です。真田町の子供たちの実績は、大塚先生なしには考えられません。
 大塚先生は、基本は家庭教育だとおっしやいます。まずきちんと食べさせること。十分な睡眠を取らせること。事の善悪や常識を教えてやること。責任を持たせること。加えて授業をおもしろくすること。この五点が柱だといいます。
 授業についていえば、授業が理解できなければどんなにまじめな子供でも、学校をサボったり、つまらなくなったと言って遊び歩いたりします。ですから学校の先生全員に公開授業を義務付けて、教員同士で批評しあい、PTAにも見学してもらい、子供たちも評価する。そして批判や改善を求める意見は積極的に取り人れて、先生方の授業技術の向上に長く取り組んでこられました。
 家庭教育についてですが、なぜ大塚先生が食べさせることの大切さに気がついたの か。大塚先生が中学校校長をしていた時に、朝礼で生徒たちがバタバタと貧血で倒れていました。貧血で倒れるような生徒は休みがちで授業に集中できないし、 問題を起こしやすいし、タバコも吸う子がたくさんいる。調べてみると、朝食を食べずに学校に来ている生徒が三〇%を超えたそうです。大塚先生は給食のない球技大会や陸上競技大会の日の早朝から、コンビニエンスストアの前で張り込みました。その子供たちが出来合いのお弁当を買いに来るだろうと見当をつけたわけです。実際、母親が車で子供たちを送ってきて、子供たちが弁当や菓子パンを買っていった。そしてその店にやって来たお母さん、子供たちのリストは、問題を起こす子供とほぼ一致したんです。
 普通なら、ここでお母さんたちを呼び出して、「子供にきちんとした食事をさせてあげてください」と言うところです。しかし大塚先生は自身の体験から、おとなを再教育するのは大変困難であるということを知っていました。不可能ではないにしても時間がかかり過ぎる。そこで取り組んだのが、学校給食の大改善です。
 パン食が中心だった学校給食を御飯食中心に切り替えました。そして肉や魚、野菜のバランスを取るようにしました。貧血で倒れる生徒はいなくなり、子供たちの学力もみるみる向上しました。
 平成九年に真田町の教育長になると、すべての学校の給食を完全御飯食にしようと取り組みました。地元で採れる野菜や卵、それから魚や肉、果物もふんだんに使い、給食さえきちんと食べておけば、お母さんが朝とか夕方に少々変なものを食べさせたり手を抜いたりしても十分だというくらいのボリュームにしました。
 食品の質にもこだわりました。学校給食用のお米には、一年経っても二年経っても虫がわかないのだそうです。農薬を大量に使っているからです。これはいけないと大塚先生は気付いた。ヒトの体は食べ物によってできます。そして脳も体の一部です。考える力、記憶力、判断力、思いやる力、愛する力、信じる力。すべて脳の働きですけれども、この頭脳はまさに私たちの体の一部です。良い子供を育てようと思ったら、まず丈夫な体をつくってやる必要がある。大塚先生は良質の食べ物が必要だと考え、農協と提携して給食用に極最小限の農薬しか使ってないものを供給してもらうようにしました。
 最初は子供たちもお母さんたちも御飯給食に文句を言いました。「菓子パンが好きなのに」「給食費を払っているんだから子供の好きなものを食べさせろ」と反対されたそうです。旧真田町は今政府が提唱している食育教育を先取りして、栄養士に学校に来てもらい、先生たちにも子供たちにも、いかに御飯食が栄養のバランスが取れているか授業で説明して理解してもらいました。
 一ヵ月が経ち、ニカ月が経つうちに、子供たちがおとなしくいい子になってきた。キレて校内で暴れたり、友だちを殴ったりする子がほとんどいなくなりました。お母さんたちも子供たちの変化に気がつきます。そして一緒に給食を食べてもらって美味しさが分かるとこう言い始めました。「朝御飯も学校で食べさせてやってくれ」。大人は難しいんです。そのことを私たちは自覚しなければいけません。
 このようにして給食の改善に取り組んだと同時に、大塚先生は子供たちに命の大切さを教えることにも一生懸命取り紺みました。小動物を飼わせたり、野菜を育てさせたりといろいろな方法を試しました。最後に辿り着いたのが花作りでした。土づくりから始めて、種を蒔いて芽を出して葉っぱを広げてもっと芽を出してつぼみが顔を出し、花を開いていく。子供たちはこの花作りにいちばん正直に反応したそうです。きれいな花が咲くとどの子も喜んだ。ゴンタ坊主もほんとに喜んだ。そこで、 真田町では子供たちが土作りから始める花壇作りを奨励しました。
 町中が花で溢れるようになりました。暑い盛りの夏休みの午後に小学校に行った ら、お母さんやお姉さんと一緒に花の世話をしている子がいた。秋には、菊に付いたアブラムシを一本一本爪楊枝で落としている子供がいました。「スプレーの殺虫剤をかければいいじやないか」と声をかけたところ、「そんなことしたら花が傷んじやう」と逆に教えられたそうです。
 もの言わぬ植物に対する優しさを心の中に育むことができた子供たちは、クラスメートに対しても優しいし、お年寄りに対しても優しい。家族に対しても優しい。人問としての優しさを心の中に育むことができます。
 週末には二つの宿題を出します。教科の勉強ではありません。家の手伝いです。どんな手伝いをしたのか日記に書かせ、提出させます。「家族はお父さんとお母さんの二人だけでつくるものではなくて、子供も協力しないといけない」ということを理解させます。もう一つは、普段できないくらい汗を流す運動をすることです。うちの手伝いで汗を流しても構わない。とにかく体を丈夫にするために鍛えさせる。
 この話で気付くのは、家庭がしっかりしていなければ真田町のような取り組みはできなかったであろうということです。逆に言えば家庭をしっかりと固めることができれば、子供たちは心身とも健康になって成績も上がるんです。

『正論』平成19年3月号
(平成十八年十二月九日、東京都内で開催された「日本女性の会五周年の集い」記念シンポジウム)