本居宣長

『意識と本質』井筒俊彦

 およそ概念とか概念的・抽象的思惟とかいうものを極度に嫌った本居宣長は、当然のことながら、中国人のものの考え方にたいしてほとんど本能的とでも言いたいほどの憎悪の情を抱いた。彼の目に映じた中国人は「さかしらをのみ常にいひありく国の人」、人間本然の情をいつわり、それにあえてさからってまで、大げさで仰々しい概念を作り出し、やたらに「こちたく、むつかしげなる事」を振りまわさずにはいられない人たちである。だから『詩経』の風雅三百篇は別として、中国の思想家の書き残した書物は、ちょっと見には「いとかしこくは聞ゆれども」、その実、大抵は内容空疎なこけおどしで、とうてい範とするには足りないものだ、という。例えば『易』などという下らない書物、自分ではまるで宇宙の理法を窮めつくしたとでもいうような口ぶりだが、本当はこの書物に説かれている思想を支える太極、無極、陰陽、乾坤、八卦、五行、等々の概念は、ことごとく「くだくだしくこちたき」架空のこしらえごとで、「まことにはその理とてあることなし」といった代物にすぎない。ということは要するに、これらのものが事物、事象の実在性から遠く遊離した抽象概念にすぎない、ということだ。
 宣長にとって、抽象概念はすべてひとかけらの生命もない死物にすぎなかった。従って、抽象概念のもとになる普遍者、一般者、としての「本質」のごときものもまた。別に宣長自身が「本質」だとか普遍者だとかいう言葉を使っているわけではないが、彼の考えを、今のわれわれの「こちたく、むつかしげなる」言葉に移してみれば、結局そういうことになるのだ。そのことは、例えば中国宋代の理学にたいする彼の批判を見ただけですぐそれとわかる。「かの宋儒の格物致知窮理のをしへこそ、いともいともをこなれ」(『玉勝間』)と。
 朱子を代表とする宋儒の理学については、東洋的「本質」論の一つの代表的事例として、後で説くところがあるので、ここでは詳しくは論じない。ただ、彼らの提唱する格物致知窮理とは、簡単に言えば一切の存在者に内在して、それらを内面から支配する永遠不変の理法を体認することであり、つまりは事物、事象の普遍的「本質」の追求であることを指摘するにとどめておこう。そのような普遍者としての「本質」の探究を、宣長は「いともいともをこなれ」、なんとも言いようもないほどばかげたことだ、と断言するのである。
 中国的思考の特徴をなす――と宣長の考えた――事物にたいする抽象的・概念的アプローチに対照的な日本人独特のアプローチとして、宣長は徹底した即物的思考法を説く。世に有名な「物のあはれ」がそれである。物にじかに触れる、そしてじかに触れることによって、一挙にその物の心を、外側からではなく内側から、つかむこと、それが「物のあはれ」を知ることであり、それこそが一切の事物の唯一の正しい認識方法である、という。明らかにそれは事物の概念的把握に対立して言われている。
 概念的一般者を媒介として、「本質」的に物を認識することは、その物をその場で殺してしまう。概念的「本質」の世界は死の世界。みずみずしく生きて躍動する生命はそこにはない。だが現実に、われわれの目の前にある事物は、一つ一つが生々と自分の実在性を主張しているのだ。この生きた事物を、生きるがままに捉えるには、自然で素朴な実存的感動を通じて「深く心に感」じるほかに道はない。そういうことのできる人を宣長は「心ある人」と呼ぶ。
 「たとへば、うれしかるべき事にあひて、うれしく思ふは、そのうれしかるべき事の心をわきまへる故にうれしき也。又かなしかるべき事にあひて、かなしく思ふは、そのかなしかるべきことの心をわきまへしるを、物のあはれをしるといふ也」(『石上私淑言』)。「たとへば、めでたき花を見、さやかなる月にむかひて、あはれと情(こころ)の感(うご)く、すなはち是、物のあはれをする也」(同上)、等々。引用するとなれば限りがない。要するに、「物の心をしるは、すなはち物の哀をしる也」(『紫文要領』)ということに尽きる。