地方教育行政

高校三原則
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 第二次世界大戦終戦後の学制改革で実施された、新制高等学校教育の「小学区制・総合制・男女共学」の3つの原則は、「高校三原則」とよばれる。

 高校三原則による男女共学化には、地域によって実施状況に色合いの違いがあった。GHQの担当者が厳格に施策を進めた西日本では、近隣の旧制男子学校と旧制女子学校の合併、近隣校どうしでの生徒交換などでの共学化が比較的強力に進められた。


『事典 昭和戦後期の日本』百瀬孝

 地方軍政は図一-10に示すようなアメリカ太平洋陸軍(のち極東軍)系統の第八軍に属する軍団軍政部(仙台の第九軍団と京都の第一軍団)・地区軍政部および都道府県軍政部が担当した。軍団軍政部と都道府県軍政部には教育課が置かれ、府県や市町村の教育施策の監督を行った。(p372)


 地方教育行政のうえで、新制高等学校のありかたが両軍団の違いで大きく異なった。関東以北では旧制中等学校がそのまま新制高等学校になって中等学校の校舎が新制中学校用に転用されたことは一部にしかないが、第一軍団関係つまり東海北陸以西では、新制中学校の校舎を捻出するためもあり府県軍政部の強力な圧力のもとで、高等学校の総合化、厳密な学区制と男女共学制が抵抗を押し切って推進された。複数中等学校(旧中学校、高等女学校、実業学校)が統合され、一九四八年新制高校に併設された新制中学校の生徒(旧中等学校一・二年制が併設中学校二・三年生になった)も学区の他の高校併設中学校にまわされ、極端な場合は新設の市町村立新制中学校に転校させられた。第一軍団司令部民間情報教育課では戦前日本の高等学校教師の経験のある人物が課長となり各府県軍政スタッフの配置につとめ、ある種の信念にもとづき推進した。またPTAについても第一軍団関係は文部省方針以上に推進させた(阿部彰「地方軍政部の機構と活動――R・S・アンダーソンの足跡を中心に――」『講座日本教育史第四巻』)。(p372)