カルマジーノフ

『悪霊(上)』ドストエフスキー 江川卓

 ある朝、というのは、ステパン氏が縁談を承知して七日目か八日目の十一時ごろ、私は、例によって不幸な友のもとへいそぐ道すがら、一つの出来事にぶつかった。
 私は、リプーチンのいわゆる《大文豪》カルマジーノフ氏に出くわしたのである。私はカルマジーノフを子供のころから読んでいた。彼の中・短編は、旧世代はもちろんのこと、私たちの世代にも知れわたっている。私などはそれに夢中になったほうで、彼の作品は少年期、青年期を通じて私の愛読書だった。その後、私は彼の書くものに対していくぶん冷淡になった。最近彼が書きつづけている傾向的な小説は、いつわりない詩情にあふれていた初期の作品ほどには、好感をもてなくなっていた。ごく最近の作品となると、まるでもう気にくわなかった。
 こういうデリケートな問題について私などが自説を吐くのもどうかと思うが、総じて言うと、こうした二流どころの才能しかない先生方は、存命中はたいてい天才扱いされるくせに、死んでしまうと、何かこう突然、人々の記憶からほとんど跡形もなく消えてしまうものなのである。いや、時によると、まだ存命中にも、彼らの活動舞台であった旧世代に代って新しい世代が成長してくると、あれよあれよと言うまに忘れ去られ、無視されてしまう。わが国ではこの交替がまた、劇場の舞台装置の転換のように、まことに唐突に行われる。ああ、この点がプーシキンゴーゴリモリエールヴォルテールなど、自身の新しい言葉を発するために生れてきた人たちとは、まったくちがうところなのだ! 他面、これらの二流どころの先生方自身も、そろそろ老境にさしかかるころになると、たいていはみじめにも才能を枯渇させており、しかも自分ではとんとそのことに気がつかないでいるということもある。よくある例だが、久しい間深遠きわまりない思想の持主とあがめられ、社会の動きに対して真に重大な影響を与えうると期待された作家が、最後には、その根本思想の貧困さ、つまらなさを露呈して、彼の才能がはやばやと枯渇したのをだれひとり惜しもうともしないといったこともある。ところが白髪の老先生方はそのことに気づかず、腹を立てる。彼らの自負心は、ほかでもない彼らの活動期の終り近くになってから、時として瞠目させられるほどまでふくれあがる。こうした手合いが自分をなんと心得ているかは知るよしもないが、神さま以下ということはまずあるまい。カルマジーノフについては、有力者や上流社交界との縁故を自分の魂より大事にしかねない男だという評判があった。人に会えば、いかにも愛想がよく、お世辞たっぷりで、気取りのない態度で相手を魅了してしまうし、とりわけ、その相手が何かの理由で自分に必要な人間であるとか、まして、だれか有力な紹介者のあるときにはそうだとも言われていた。だがそれでいて、公爵とか、伯爵夫人とか、彼の頭のあがらない人物がそこへ来合わせたが最後、相手がまだその場をはずす暇もないうちから、木っぱか蠅同然、思いきり失礼千万な態度でそれまでの相手をすっぽかしてしまうのを神聖な義務と心得ているのである。彼はこうするのがもっとも高尚な、優雅なマナーだとまじめに考えていた。しっかりした自制心ももち、社交上のマナーにもよく通じているのだが、ヒステリーじみるほど強い自尊心がわざわいして、文学にはあまり関心のない人たちとのつきあいの席でも、作家としてのいらだちをかくしおおせないという話であった。たまたまだれかの無関心な態度でばつの悪い思いをさせられたりしようものなら、病的なくらいその恨みを根にもって、復讐の機会をうかがうのである。
 一年ほど前、私はある雑誌で、幼稚きわまる詩趣と、おまけに、心理描写の犀利さまで売りものにしようとした彼の文章を読んだことがある。この文章は、どこやらイギリスの沿岸で一艘の汽船が難破した様子を書いたもので、彼はその現場に居合せて、遭難者が救助されたり、溺死者が引きあげられたりする光景を目にしていたのである。かなりの長文で饒舌なこの文章は、全編これ自分を見せびらかそうとする目的だけから書かれていた。行間からはありありとつぎのように読みとれた。〈私に注目されるがよい、その瞬間の私がどのようであったかをとくと見ていただきたい。海だの、嵐だの、岩だの、難破船の破片だのが諸君にとってなんの意味がある? そんなものは私が力強いペンを駆使して十分に書いておいたではないか。なんだって諸君は、もはや血の通わぬ腕に死んだ赤子を抱きしめる溺死女などに目をやるのだ? それより私のほうを見たまえ、私がこの光景を見るに耐えず、それから目をそむけたさまを。さあ、私が背を向けたではないか。恐怖のあまり、うしろを振向くこともようしない私を見たまえ。さあ、今度は私が目を閉ざした――なんと諸君、興味深いことではないか?〉私がこのカルマジーノフの文章についてステパン氏に感想を話すと、彼は同意してくれた(訳注 この文章はツルゲーネフのエッセイ『トロップマンの刑死』を諷したもの)。(p155)


『悪霊(下)』ドストエフスキー 江川卓

 それに、ロシアの偉大な天才たちが高尚な意味での洒落地口にうつつを抜かしているのは、情けないほどである! 偉大なヨーロッパの哲学者も、偉大な学者も、発明家も、勤労者も、苦行者も、――すべてこれらの勤労につとめ重荷を負って努力している人たちは、わがロシアの天才にとっては、自分の家の台所にいる料理人同然なのだ。彼が旦那であって、彼らは白いコック帽を手に、言いつけを待っているのにひとしい。なるほど、彼はロシアのことも傲岸不遜にあざ笑い、ヨーロッパの偉大な才能に対しては、あらゆる点でロシアは破産したと宣言するのが何よりもお気に召しているようだが、さて、自分自身のこととなるとそうではなく、彼その人はヨーロッパの偉大な才能よりもひときわぬきんでているのである、彼らなどは彼の洒落の材料でしかない。他人の思想を借りてきて、それにちょっとした反対語をくっつければ、それでもう洒落ができあがるわけなのだ。犯罪は存在する、犯罪は存在せず。真理は存在せず、義人は存在せず。無神論、進化論、モスクワの鐘……しかし、悲しいかな、彼はもはやモスクワの鐘を信じていない。ローマ、月桂冠……けれど彼はもう月桂冠をすら信じていない……そこで紋切型のバイロン式憂鬱、ハイネのしかめ面、ペチョーリン風の何かをつけ加える、――これで車は動きだし、汽笛を鳴らして走りだすわけである……「まあ、ほめてください、ほめてください。私はそれが大好きなんだから。筆を折るなどと言ったのは、ちょっと言ってみたまでのことでね。待ちたまえ、まだ三百回くらいは諸君をうんざりさせてあげるよ、読み疲れするくらいね……」(p261)