ピューリタン

『性と暴力のアメリカ』鈴木透

 十七世紀のピューリタンたちは、先住インディアンの殺戮をしばしば神の名において正当化した。新大陸の未開の荒野に楽園を建設することこそ、自分たちに神が与えた使命だと考えていたピューリタンたちは、当初は作物の栽培方法を教わるなど、先住インディアンと友好関係にあった。しかし、土地は神聖な共有物であると考える先住インディアンには、土地を私有するという観念がなかった。そのため、ピューリタンたちが土地を私物化していくにつれ、両者は次第に対立するようになる。
 ピューリタンたちは、先住インディアンは神が自分たちの信仰心を試すためにわざわざ配置した障害物であり、彼らを抹殺してこそ、神を喜ばせることができると考えた。一六三七年には、現在のコネティカット州のミスティックで、ピューリタンによってピークォート族の集落の焼き討ちが行われ、女性、子どもを含む先住インディアン四〇〇人あまりが皆殺しにされた。ピューリタンたちは、この行為を苦痛にも思わなかったという。ピューリタンは、しばしば非戦闘要員である先住インディアンの女性や子どもまでをも殺戮することを厭わなかった。
 ピューリタンは、自分たちの集団内部の紛争の解決にも暴力的手段を用いることがあった。一六九二年のセイラムの魔女裁判はその好例である。この事件では、魔女だという噂をたてられたり、その人を庇おうとした人が次々と断罪され、処刑された。こうした集団ヒステリーは、ピューリタン社会の信仰心が危機に瀕しており、社会内部の引き締めに躍起になっていた様子を物語っているが、対外的にも内政的にも、ピューリタンの社会は、実は暴力とは不可分の関係にあったのである。(p68)