奴隷から不可触賤民へ

『人種と歴史』ジョン・ホープ・フランクリン

 一八八六年に自由の女神像が贈られた時には、その像の台座に刻まれたエンマ・ラザルスの言葉には、何か虚しい響きがあった。「自由を切望して」、貧しく、疲れはて、詰め込まれるようにしてやって来た人びとが、本当にこの国で歓迎されるなどと、本気で信じる人が誰かいただろうか? この国は、数世紀にもわたって、ここに住んできた何百万何千万人という黒人たちを、徹底的に、下層民や不可触賤民のように扱う国なのである! この国は、虐げられた人びとが白人で望むらくはアングロ・サクソン系でなければ、心からの関心や同情を受けることはない。このように解釈しないで、どうやって、自由の女神像に表現されている感情を解釈できようか? 新しくやって来た人びとの中には、自分を受け入れてくれた国で、自らのエスニシティーが成功への障壁となっていることを知って幻滅した者もいた。黒人たちは、不運にも自らのエスニシティーが貶められているために、三世紀にもおよぶ労苦と忠誠が何にもなっていないことを、再三再四、思い知らされ、身を焦がされ、希望を砕かれるような思いを味わってきた。(p97)