国家の中の国家

ドストエフスキー』ヴィリジル・タナズ

 アルカディ・グリゴーリエヴィチ・コヴネルは、ヴィルナの貧しいユダヤ人家庭に生まれた。十七歳までタルムード〔ユダヤ教の律法や宗教的伝承・解説等を集めた書〕のみに基づいた教育を受け、ユダヤ人社会ではありがちなことであるが、本人の意向とは関係なく、親が選んだ娘と結婚させられたコヴネルは家を飛び出し、ユダヤ人コミュニティーを渡り歩きながらロシア国内を放浪した。大学で学ぶため、それまで無縁であったロシア語を習得したが、結局は進学を諦める。独学だが輝かしい知性と豊かなユーモアのセンスに恵まれていたコヴネルはジャーナリストとなり、彼が執筆する風刺コラムは『声』紙上に定期的に掲載された。そして、ペテルブルグの割引決済銀行に職を得たのちに文書偽造で一七万ルーブルをまんまと詐取したが、キエフで逮捕され、有罪判決を受けて投獄された。彼は獄舎からドストエフスキーに長い手紙を一通送った。
 ドストエフスキーは読者から多くの手紙を受け取っていたが、コヴネルの手紙は、正鵠を射た思考、率直な物言い、直言する勇気で際立っていたので、これには丁寧に答えるべきだと考え、相手の知的率直さに対する敬意を込めた言葉遣いで返答をしたためた。コヴネルは、ドストエフスキーのすべての大作、なかでも『白痴』の讃美者であり(ゆえに、『永遠の夫』や『いまわしい話』といったいくつかの「小粒な凡作」については歯に衣を着せぬ意見を述べた)、『作家の日記』の熱心な読者であっただけに、これほど深遠な精神の持ち主が反ユダヤ主義的感情を表明するとは不思議だと感じた。

 僕は知りたいのです。あなたはなぜ、一般的な搾取にではなく、ユダヤ人に反旗を翻すのでしょうか。僕が属する民族の偏見には、自分自身がこれに大いに苦しめられたこともあり、僕もあなたと同様耐えられない思いを抱いています。しかし、厚顔無恥な搾取はユダヤ民族の血に流れる特質である、という考えは絶対に認めることができません。

 このテーマに関してすでに何通もの手紙を受け取っていたドストエフスキーは、ユダヤ人の友人がいることを理由として反ユダヤ主義の疑いを払いのけ、『作家の日記』でこの問題を改めて取り上げることを約束した。しかしながら、それを待たずにコヴネルへの返事の中で自分の立場を明かした。

 私は決してユダヤ人の敵ではないし、これまで敵であったことは一度もありません。しかし、四〇〇〇年も前からユダヤ人が存続していることだけをとっても、この民族の並々ならぬ生命力は明らかであり、これまでの歴史を通してさまざまな国で「国家の中の国家」を形成するに至っています。極めて強力なこの「国家の中の国家」は、我がロシアのユダヤ人にも当てはまります。国家の中の国家を形成している以上、ロシア国家の根幹、ロシア民族と――少なくとも部分的に――相いれないことは必定ではないでしょうか。

 ドストエフスキーはさらに、自分が出会ったユダヤ人の中にはロシア人と同じ食卓に着くことを拒否する者もいる、これに対して、自分が知っている限り、ロシア人はユダヤ人の友人と食卓を囲むことに何の躊躇も覚えない、とも主張した。そして次のように結論づけている。

 そうなると、誰が誰を嫌っているのだろうか。誰が誰に対して不寛容なのだろうか。ユダヤ人が辱めを受けている民族である、という見解は果たしてどうなのか。それどころか、ユダヤ人を前にしてあらゆる面で辱めを受けているのはロシア人です。なぜなら、ユダヤ人はほぼ全面的にロシア人と同等の権利を享受している(ユダヤ人は将校になることもできます、このことはロシアにおいて、大きな意味を持ちます)のみならず、ユダヤ人固有の権利、律法、現状維持はロシアの法律によって守られているのです。

 一八七七年三月号の『作家の日記』は数十ページをこの問題に割いたが、コヴネルへの返事の内容以上に目新しい主張はなかった。ドストエフスキーはそれでも、土着のロシア人との完全な平等を目指して、「(ユダヤ人の)権利の全面的拡大」を含め、「人道と公正が要求するすべて、人情とキリスト教の掟が要求するすべては、イスラエルの民のために行なわれねばならない」と訴えた。その一方でユダヤ人には、彼らのうちで極めて卓越した何人かの人物に倣って党派主義を捨てることを期待する、と述べた。(p282)