皇統断絶

『皇統断絶』中川八洋

 日本のアナーキズムは、「政府がなければよい、君主がいなければよい」の無政府主義と、「日本という国家そのものがない方がよい」をユートピアだと考える「日本人=地球市民=地球放浪者(ディアスポラ)」化の無国家主義の二つにわかれる。いずれでも、天皇制は、むろん、全面廃止論となる。
 明治維新が”武士階級つぶし”という過激な革命であったことは、多くの歴史家が忘れている。明治維新こそは、日本のなかにアナーキズムの大マグマをつくった左翼革命でもあった。これが一九二〇年代からの日本共産党の母胎ともなったし、そこから分裂した「労農派(社会党)」の母胎ともなっていった。そして、一九九一年のソ連邦共産党の総本山)の崩壊は、日本共産党をその一九二二年以前の源流であるアナーキズムに、思想の半分ほどを、押し戻している。つまり、日本共産党は、その思想と革命運動は、半分は日本という国家そのものを共産党独裁体制にしたいと考えつつも、半分ほどは日本を溶解して多民族と共生する日本列島という”無国籍人間としての日本人居住地帯”という無国家主義アナーキズム)に移行させている。(p226)


 「僕はポストモダンの洗礼を一番受けた世代の人間ですから、最初はデリダも読んだしクリステヴァも読みました。……今まで自分が影響を受けてきたと思っていたドゥルーズにしてもハイデガーが原点なのだということが分かってきて、……」

 このように福田和也は、一九六八年頃にマルクス・レーニン主義の延長上に誕生し発展した、フランスのポスト・モダン思想の強い影響下にあることを認めている。とすれば、福田は、日本国民を精神分裂症に改造してディアスポラ(地球放浪者)化する、最も過激なアナーキスト(無国家主義者)であることになる。(p229)


 ポスト・モダン系アナーキストは、単に皇室を含めた国家権力機構(政府)の消滅をもってユートピアとする幸徳秋水大杉栄とは相違して、日本国そのものを”廃墟”にするという、日本人を呪い、その絶滅を妄想し追及する。この日本人絶滅の呪詛において、浅田・磯崎・福田の三人組のなかでも福田和也の過激さのみは尋常でない。抜きんでて矯激である。「日本人よ!亡国の民となれ!」と直截に絶叫する。

 「こんな国(日本)は存続に値しないのかも知れない。むしろ亡国を進めるべきではないか」(カッコ内中川)。「時に私は、没落せよ、と祖国(日本)にむかって呟いてみます。(日本人は)没落を受け入れ、罰せられる事を怖れず、自ら進んで失うべきものを失い、……」(同)。

 福田和也の人格とは”祖国喪失を願う病気”に冒されたそれであり、その「反日」度は、共産党朝日新聞が「保守」に見えるほどで、戦後日本の六十年史に、前例もないし類似の者がほとんどいない、空前絶後の”超(スーパー)極左”である。(p232)


 日本をもって「現実の(日本)列島のうえに浮ぶ虚妄の日本」だと呪う、福田和也にとって、「日の丸」も「君が代」も存在してはならぬのは当然で、だからそれらに対し憎悪剥き出しに牙をむく。例えば、国会において適正な手続きで成立した国旗・国歌法案に対して、共産党でもいわない「イカサマ!」と罵声を浴びせた。きっと江藤淳も冥界で腰を抜かしているだろう。福田の「反日」性の異常ぶりは、この一文でも明白ではないか。

 「(江藤淳)氏が亡くなった日、衆院内閣委員会で国旗・国歌法案が可決されたのは極めて皮肉だったと思う。このようなイカサマな手続きで、でっちあげられていく『国家』など、江藤氏はけして認めはしなかっただろう」
 「君が代」に憎悪の炎を燃やす福田和也は、当然だが、日本の天皇や皇族に対して、その廃絶を強く主張する。
 「私はいわば”天皇なしのナショナリズム”を考えないといけないと思う」(11)。 「天皇制に関して僕がいってきたのは、天皇なしのナショナリズム」(12)。

 (中略)福田和也は、朝日新聞以上に、次のように、日本人のナショナリズムを決して認めない。在日朝鮮人と寸分変らぬ主張である。

 「僕の場合の<国>は、ステート(state)とかネーション(nation)ではなくて、カントリー(country)なんです。日本語でいうと、<さあ、クニ(故郷)に帰るか>というときのクニ」(13、カッコ内の英単語は中川)。

 日本人は「国」をもってはいけない、日本人には「国」があってはいけない、しかし故郷ぐらいは認めてやるか、である。この11/12と13の引用文がもし本心ならば、福田とは「ネーション否定のナショナリスト」ということになる。”野球のバットを持たない野球選手”である。福田の言説とはこのようなもので、その一つ一つを真に受ける者は愚鈍にすぎる。(p234)


 「福田は極左だ!」の噂が論壇で広く流れた二〇〇〇年、この噂に対抗して急いでつくった偽情報宣伝本『余は如何にしてナショナリストとなりし乎』(二〇〇〇年刊)では、「十八歳のときにアナーキストからナショナリストになった」と言っている。だが、ネーション(国家)否定の先の引用文は、三十九歳のときの発言である。しかも、三十九歳のとき「再びアナーキストに転向した」とは、福田は言っていない。福田の釈明は、齟齬をきたしている。自らの”大嘘つき”を白状している。(p236)


 ポスト・モダン思想とは、フーコーであれデリダであれ、ボードリヤールやリオタールであれ、科学的に真理である「知」を含め、伝統や慣習に裏付けされた「祖先の叡智」であれ、それらを粉塵のごとくに破壊して、人間から常識レベルの「知」までことごとく奪うことにある。当然に、その方法として、自分の信条に従った言説にこだわる必要がなく、あらゆる嘘、あらゆるトリックが正当化される。それがポスト・モダン文芸である。読者がもしポスト・モダン思想で創られた言説(ヴィールス)をそのまま「受信」するならば、この読者の人格と思考は、このヴィールスに冒されて錯乱が始まり正常でありえない。(p241)


 「現在の皇室典範は本質的には占領軍が強制によってつくったものですから、そうした歴史的前提をまったく意識してつくらなかった」

 現・皇室典範は、旧・皇室典範の骨の部分だけになったが、明治皇室典範の精神はかろうじて堅持されている。そこには、井上毅の叡智はまだ、それなりに匂っている。だから、旧・典範の「男系男子」(第一条)と「養子の禁止」(第四二条)と「女性宮家の禁止」(第四四条)の規定が、そのまま引き継がれたのである。
 つまり、先の引用文が、限度をこえた嘘偽りであるのは言うまでもない。ところが、この出鱈目を書いたのは、京都大学教授の中西輝政である。中西は、京大法学部で目立つほどの劣等生であり、全共闘のゲバ学生でもあった。学問業績は劣悪というより皆無に近い。中西輝政は自ら「転向はしていません」と明言している通り、かつてのマルクス・レーニン主義の暴力革命屋(中核派?)としての信条を今日もまだ秘めている。だから、現在の皇室典範について、それを破壊させるべく「GHQがつくった」という嘘偽りを宣伝するのである。(p254)


 中西輝政の言説は、鵺とカメレオンの交配でうまれた”奇妙なカメレオン”に似て、くるくると色が変わる。一例を紹介しよう。中西は、『諸君!』誌で二〇〇三年、「日本国核武装への決断」と題して、日本は核武装すべきだと一六頁の大論文を発表した。専門知識が欠如しているのでその内容はお粗末だが、中西はほんの十年前までは(土井たか子のグループの一員であって)核武装に反対していた。しかも、日本共産党の浅井基文らと、朝日新聞社の雑誌において、仲良く鼎談して「日本が自らの非核のコミットメントを守るためには、この(非核二・五)原則でよかったと思います」と、日本の核武装に反対していた。(p255)


 学問の能力を欠き口舌にのみ生きる売文業者の中西輝政は、旧と現の皇室典範も読んだこともない。またその制定過程の法制史についての知見もない。一般教養は無知に近い。八代十名の女性天皇が「男系の血筋が途絶えないようにという目的で即位された」などと、初歩的な歴史事実に関する知見を欠くほど、その歴史知識は中学生以下である。
 しかし中西は、現在の皇室典範をダイナマイトで粉砕して、天皇制廃止を実現しようとする策謀には長けている。(p256)


『皇室消滅』渡部昇一中川八洋共著

 渡部昇一「(中川氏は)何事でも、人の先を走って、独りで敢然と戦い、しかも、だいたい十年は早いから、誰も理解できない。損な役回りをされていますね。しかし、本当に立派ですよ。」(p139)


悠仁天皇皇室典範中川八洋

 八木ら民族系論客は、本を全く読まない。いわんや研究など決してしない。学的能力は何もない。しかも、彼らの日常と本性は、左翼人士と同じく、やたらに徒党を組む運動家である。学者ではない。このため、極度に知的水準が低く、自分たちの言動の半分が天皇制廃止に直結していることを自覚できない。彼らの女性宮家論や養子論は、この典型である。(p33)


 中西輝政福田和也『皇室の本義』、PHP研究所、一六〇頁。そこで中西は、「天皇抜き」の"ハイパー・スキゾ文芸評論家"福田和也と意気投合する。 中西は、養子制度の導入提唱だけでなく、「皇室典範を白紙に返って見直す」と、ゼロ・ベース型解体論のデカルトマルクス主義者である素性を露わにしつつ、伝統が凝集し祖先の英知が堆積する"日本の至宝"皇室典範を全面破壊せよと提唱する。「皇位の男系男子」を定めているのは、皇室典範の第一条であり、天皇制廃止勢力との攻防戦は、この第一条の死守にかかっている。が、中西はこの第一条を、解体と同義の「白紙にしろ」といっている。 "反日の巨魁"で「北朝鮮人」福田和也と同志の契りを結ぶ中西は、ふと油断したのか、天皇制廃止の本心をポロリと洩らしたのである。
 なお、中西輝政について、忘れている人もいるので復習するが、一九九〇年代前半までは『世界』『朝日ジャーナル』『潮』『エコノミスト』などが公認する、社会党熱烈支持の過激マルキストとして活躍していた。例えば、『世界』では、"社会党のイデオローグ"山口二郎北海道大学)らと対談して、「デモクラシーと軍隊の問題だが、より適切に取り扱えるポテンシャルをもっているのは 社会党かもしれないと思う」などと、福島瑞穂代理人のような発言をしていた(一九九一年七月号、五三頁)。
 『朝日ジャーナル』では、KGB工作員との噂が確定的である下斗米伸夫/森本忠夫と和気藹々と鼎談しているし(一九九一年九月六日号)、「対ソ本格支援の足がかりは作った。日本の政経不可分は修正すべき時が来る」(『エコノミスト』一九九一年八月六日号)とか、「北方領土はもう要らない」(『文藝春秋』一九九二年十月号)などと、ソ連に阿諛・追従する論考を次々に発表していた。その頃の中西は、モスクワから派遣された 「鈴木宗男的なロシア直属の情報工作員」であった。現在、『諸君!』で連載中の中西の「国家情報論」は、この自分の過去(現在も含む?)をカムフラージュするアリバイ作品の疑いがある。
 一九九四年に社会党村山富市が首相になったとき、悲願かなった中西輝政はうれしさの余り、はしゃぎにはしゃいで、本心である、沖縄からの米軍撤退を含む日米同盟の空洞化の論陣を張った。 例えば、『潮』では、「基地なき日米安保」、そして「日米安保なき日米関係」を提唱した(一九九六年五月号)。『VOICE』一九九六年五月号でもそう論じている。
 『諸君!』でも「日米安保解消の時代がやってくる。日本は自衛隊の通常兵器だけで十分」と、土井たか子張りの弁を展開していた(「日米安保が消滅する日」、一九九六年六月号、四五頁)。軍事と科学の専門知識ゼロだから間違いだらけの雑文集となった、素人や核兵器の知見が破茶目茶な兵頭二十八など、いかがわしい人物が一堂に会しての中西輝政著・編の『日本核武装の論点』(PHP研究所)もまた、「核兵器は何でも反対!」論であった自分の過去を隠すアリバイづくり見えみえの出版物である。
 一九九七年に入り、「社会党の衰潮、自民党の復活」がはっきりすると、中西はすぐ「右」に旋回し「保守」の迷彩服を重ね着した。便宜的な転向ではなく、コリアン的変節における「保守」演技への転換である。むろん、迷彩服の下の裸身はマルキストのままである。その狙いは、"ほめ殺し"による「日本の保守」の絶滅と日本外交を攪乱するためである。
 なお、中西は外交史/国際政治学が専門だと自称するが、この分野の学術的業績はゼロで、「専門詐称」である。六十歳の教授で学問業績ゼロは、京都大学で記録保持者である。実際にも、(論文は一本も書かない)中西が大量に書きなぐるエセーはみな、誤謬満載の雑文に過ぎない。ただ、盗用・盗作と思いつき創作をハッタリで包む特技だけが光る。一例を挙げる。「米国の核ミサイルを即時日本に配備せよ!」とのタイトルの論考 (『週刊文春』二〇〇六年十月十九日号)で、中西は、北朝鮮に対する抑止力として、米国のパーシングⅡ弾道ミサイルを日本に配備しろと提唱した。
 が、米国は条約によってパーシングの生産も保有も配備も禁止されている。一九八七年十二月の米ソINF(中距離ミサイル)廃絶条約である。しかし、中西はこんな初歩的な軍備管理条約も知らない。さらに、パーシングⅡは、時速六十キロの走行式ミサイルで、日本でも配備場所は北海道しかないが、飛翔距離が二千キロで、日本に配備しても、北朝鮮の上空を通過して、北朝鮮には到達しない。中西とは、オレオレ詐欺師と同類の"虚言のプロ"である。しかも、この中西のパーシングⅡ提案は、『日本核武装の選択』(徳間書店、二〇〇四年)で論じた、私の「中川プラン」の盗作であり、この盗作のお粗末な失敗作である。この拙著で私は、(北朝鮮では無く)ロシアと中共の核搭載航空機基地を核ミサイル基地攻撃のために、(上記の条約違反にならないよう)米国からパーシングⅡの設計図面を日本が買い取り、米国のメーカーに発注して、日本が保有・配備する事を提唱した。が、中西は、盗作・盗用と出鱈目(思いつき創作)を職業としながら、核兵器の知識ゼロと軍備管理条約を含めた国際法の知識ゼロが響いて、"空前絶後の無学教授"の名を新たにした。(p50)