甦るリヴァイアサン

『甦るリヴァイアサン』梅田百合香

 今日では、ホッブズの自然状態が、旧ユーゴスラヴィアの内乱、ルワンダにおけるジェノサイド、およびイラク戦争後のイラクの分裂状態を表すメタファーとして用いられ、アメリカ合衆国のネオ・コンサーヴァティヴ(新保守主義者)は、国際関係を自然状態とし、ホッブズに依拠してアメリカの単独行動主義的覇権行動を正当化した。(p10)


 一六四七年にすでに『市民論』の第二版を出版していたにもかかわらず、なぜ彼はあえて『リヴァイアサン』を英語で書き、出版したのであろうか。それはおそらく、イングランド人だけでなくヨーロッパ中を震撼させた事件、一六四九年一月の国王チャールズ一世の処刑が直接的契機になっていると思われる。彼は晩年のラテン詩の自伝でその理由をこう述べている。「私は、こんなにも多くの、こんなにも醜い犯罪が、神の命令とされるのに耐えることができませんでした。私はまず初めに神の法を解き明かすことを決意したのです」。ピューリタンたちは国王の処刑を「神の命令」として執行した。ホッブズは、革命の指導者たちが自分たちの良心や信仰に基づいて聖書を自由に解釈し、政治権力に叛逆する大義名分を「神の命令」に従う義務に置いているのを見て、『市民論』以上に宗教を政治に包摂する論理を徹底化し、「神の法」とは本来何であるかを明らかにして革命的な宗教的心情を原理的に封じ込める道徳哲学たる国家論を構築しなければならないと考えた。しかも今度は祖国の人々に向け、母国語で書かなければならないと判断したのである。(p22)


 ホッブズは刑罰と敵対行為を峻別し、罪刑法定主義に近い主張をしている。刑罰とは、「人々の意志がよりいっそう服従へと向かうようになるために」、臣民のうちで違法行為をした者に対して「公的権威によって課される害悪」であって、敵に対するものではない。したがって、刑罰はあくまで臣民を対象とし、反乱を起こした臣民に対して加えられる害悪は、刑罰ではなく、「戦争の権利」によってなされる。なぜなら、彼らはすでに臣民ではなく、敵だからである。
 また、主権者が罪のない臣民に刑罰を科した場合は自然法に反するが、戦争で、罪のない非臣民に害悪を加えた場合は自然法違反とはならない。なぜなら、臣民でない者は敵とみなされるからである。ホッブズにおいて、「国家共同体が、自分たちを害しうると判断した敵に対して戦争することは、本源的な自然権によって合法的である」とされる。ここでいう「合法的」とは自然法にかなうという意味である。換言すれば、戦争状態における自然権の行使によって、敵を倒す(つまり暴力によって死にいたらしめる)ことは、自然法すなわち神の法にかなうということである。反乱者および敵対する諸外国の主権者とその人民は敵であって、彼らと自分たちとの間は戦争状態にあるのだから、主権者は自国の人民の安全のために敵を殺しても罪とはならないのである。(p52)


 国際政治において、諸国家の関係はしばしば自然状態であると言われるが、ここでいう自然状態とは、他の誰でもない、まさにホッブズの「万人の万人に対する戦争」という自然状態を指している。ホッブズの自然状態は、基本的には国家が形成される以前に想定される人間の状態を意味するが、これが国際関係論や国際政治学において応用され、共通政府の存在しない人間諸個人の状態から、共通政府の存在しない諸国家の状態へと類推されるようになった。国際政治学者のジョセフ・S・ナイ・ジュニアによれば、「国際政治とは、共通の主権者の存在しない状況において、自らより上位の支配者を持たない政治体の間で行なわれる政治である」と定義される。このように、国際政治では、一般に、諸国家間の関係は、秩序を強制する高次の共通政府が存在しないという意味で、無政府状態(アナーキー)であり、それゆえ自然状態であるということが前提とされている。
 ところで、自然状態がどのぐらい過酷なものであるかということについては、政治思想史上、大きく二つの異なる考え方がある。ホッブズは自然状態を戦争状態であるとしたが、他方で、同じイングランドでも一七世紀後半に属したジョン・ロックは、自然状態はアナーキーではあるが、基本的には自然法が有効に機能しており、必ずしもつねに戦争状態に陥るわけではないと主張した。このようなホッブズとロックの自然状態に対する異なった考え方は、現代の国際政治の捉え方における、リアリズム(現実主義)とリベラリズム(国際協調主義)という二つの見方のさきがけとなった。
 一般にリアリズムの観点では、国際関係は、「万人の万人に対する戦争」とホッブズが言う自然状態のごとく基本的に戦争状態にあり、国家間の力(パワー)の闘争が通常の状態とされる。したがって、平和を構築するには、このパワーのバランスをとること、すなわち「バランス・オブ・パワー(勢力均衡)」によって一時的な国際秩序を保つしか方法はなく、戦争を根絶することは不可能である、という悲観的な見方をとる。これに対し、リベラリズムは、ロックの自然状態論が潜在的には戦争状態に陥る危険性を認めながらも、自然法によって、一定の秩序が保たれる可能性を積極的に見ていくように、国家の間には国際社会が現実に形成されており、それゆえ、非軍事的な手段によって、国際秩序と平和を成立・維持させることは可能である、というより楽観的な見方を提示する。(p102)


 ネオコンの立場はおよそ次のようなものである。代表的論者であるロバート・ケーガンによれば、軍事力において「強いアメリカ」と「弱いヨーロッパ」の間には世界観の違いがあり、「強いアメリカ」が基礎に置くのは「万人の万人に対する戦争」というホッブズの世界観であるのに対し、軍事力で劣る「弱いヨーロッパ」は、経済力や非軍事的手段(ソフト・パワー)に強い関心をもち、「永遠平和」という理想を追求するカントの世界観に依拠している。しかし、そうしたヨーロッパが好むカント流の永遠平和の状態は、じつはアメリカがホッブズ的な世界観に従って軍事力(ハード・パワー)を行使し、安全を保障しているからこそ実現できているのである。したがって、現実は圧倒的な軍事力を有するアメリカが世界で唯一の覇権国として国際秩序を維持しており、またそうすべきなのであって、世界、とくにヨーロッパはこの事実を明確に認識すべきであると主張される。(p104)


 ホッブズの社会契約論を国際関係にそのまま適用するとすれば、国家における絶対的主権をもつ主権者と同様に、世界においても、各国家を統御する上位の権力である「世界政府」を樹立する考えが導き出されることになる。すなわち、「一つの世界的市民政府のみが国際戦争と全世界的自然状態を防ぎうる」という考え方である。しかし実際には、ホッブズ自身は世界政府の必要性についても可能性についても論じていない。また、世界政府や世界国家の構築という観点からホッブズの政治理論を分析した論者からは、ホッブズが設定した諸原理に即すならば、そこから世界政府論を導き出すことはできない、という結論が提起されている。(p105)


 アレントは、『全体主義の起原』や『人間の条件』をはじめとする政治的著作のなかで、独創的な視点によって西洋政治思想史の根源的問題を洗い出し、痛烈な近代批判を展開している。彼女によれば、近代が生み出し、現代世界をいまだに拘束し続けている一つの大きな問題は、生命こそ最高善であるとする観念である。この「生命は最高善である」という観念は、今日、基本的人権の思想を支える根本理念となっている。基本的人権とは、人間が人間であるという事実だけに基づいて当然もつとされる権利であり、その内容は、一九世紀までは、自由権参政権が中心であったが、とりわけ二〇世紀に入ると、生存権が主たる位置を占めるようになった。人権は、人間は生まれながらに自由で平等であるという自然権思想に由来している。この自然権思想を近代において確立したのが、ホッブズである。
 ホッブズによれば、前国家的な状態である自然状態において、人間はみな自由で平等であり、生命の維持すなわち自己保存のために、あらゆるものに対する権利である自然権を有している。このようなホッブズの自己保存の権利としての自然権は、基本的人権の観念の先駆けとして捉えられ、近代性のシンボルともなっている。しかし、アレントは、この基本的人権がいかに無意味な抽象であるかということを暴露し、近代が築いた生命を最高善とする観念を糾弾する。というのも、ユダヤ人として、自身もナチスによる迫害を受けた彼女は、国民国家の外部へと放逐され、国家によって保障される権利を失った無国籍者や難民が、まさにただ人間であるという事実だけに基づく人権に頼ろうとしたとき、人権はなんら機能せず、何の保護も与えないのをまざまざと見たからである。
 アレントからすれば、「生命は最高善である」という理念に基づく人権は、ユダヤ人を救うことはなく、ホロコーストという生命の最大の危機に対して何の役にも立たなかった。普遍的な権利と謳われた人権は、国民の権利として国民国家のなかに組み込まれなければ、なんら機能しえない単なる抽象概念でしかなかったのである。したがって、彼女は、国家に先んじて存在する自然権としての人権など幻想であり、単に人間であるということからは何の権利も生じなかったと主張する。
 このように、アレントの観点では、人権は、「生命は最高善である」という近代的観念が生み出した実質的効力のない抽象概念でしかない。したがって、こうした抽象的な人権概念の土台となる自然権思想を用意したホッブズは、アレントにとって、その問題性を告発すべき批判対象となる。アレントはその該博な知識をもとに、古典古代から現代にいたるさまざまな思想家の理論を、ときに取り入れ、ときに非難することによって独自の政治思想を構築しているが、そのなかで、ホッブズは、近代の責めを負う人物の一人として位置づけられている。ところが、より接近してみると、アレントの批判のなかには、逆説的だが、同時にホッブズもしくはホッブズ的な思考からの深い影響を見てとることができる。とりわけ人間論と社会契約論の解釈では、その深層において一種の応用が行われているように思われる。(p124)


 スミスによれば、シュトラウスは、もっとも基本的なレベルでは、アメリカの体制を近代と啓蒙思想の産物、つまり、ホッブズ、ロック、およびモンテスキューによって始められた新しい政治学の産物として取り扱っており、とりわけロックの思想がアメリカ共和国の理論的基礎を形成したということ、すなわちロックがアメリカの創始者であるということを表面的には受け入れているように見える。しかし、『自然権と歴史』においてシュトラウスは、ロックはトマス主義的伝統の代表者であるリチャード・フッカー(一五五四―一六〇〇)の名を用いることによって、実際にはホッブズの自然に関する唯物論的・非目的論的教説に理論上深く負っていることを隠蔽していると論じ、ロックをホッブズの教説を口当たりのよいものにした人物と位置づける。そして、ロックではなくホッブズこそが自由主義の真の創始者であると主張するのである。スミスは、シュトラウスはこれによって注意深い読者に対し、要するにロックではなくホッブズアメリカの創始者であることを伝えようとしていると読み解くのである。(p165)


 しかし、シュトラウスは、アメリカ創設の理論的基礎をホッブズのみに負わせているわけではない。彼は『マキャヴェッリ論考』(一九五八年)でマキャヴェッリアメリカ創設の関係について述べている。ここでシュトラウスが示しているのは、独立革命に精神的支柱を与えた啓蒙思想家のトマス・ペインが主張したように、アメリカは自由と正義の諸原理のうえにのみ創設されているのではない、ということである。アメリカの創設は理念的には自由と正義に基礎を置くものであっても、ルイジアナの買収や先住民の破滅のように、しばしば逸脱があるのが事実であり、そこには、建国理念とは正反対の、国家の創設が犯罪のうえに存在することを是認するマキャヴェリズムが入り込んでいるのである。つまり、アメリカは一般にロック的国家と理解されてはいても、建国の問題はより複雑であって、無情で不愉快なホッブズマキャヴェッリの教説――彼らの「現実主義的」政治哲学――の思想的影響を見ないでおくわけにはいかないことを、シュトラウスは私たちに示すのである。(p166)