ダーウィンの進化論

『ワイド版世界の大思想 エンゲルス 社会・哲学論集』

 唯物史観にかんする手紙

 (1) 私はダーウィンの学説から進化論を受け入れますが、しかし彼の論証方法(生存競争、自然淘汰)は、ただ新たに発見された一つの事実の最初の、暫定的な、不完全な表現として認めるだけです。ダーウィンが出現するまでは、今でこそどこにでもただ生存競争だけを見ているような人々(フォークト、ビュヒナー、モレショット、等々)、ほかならぬこれらの人々が有機的な自然の協力を強調していました。すなわち、植物界は動物界に酸素や食物を供給し、動物界は植物界に炭酸や肥料を供給する、というようにです。これはことにリービヒが強調したことです。どちらの見解も、ある限界のなかではそれぞれの正当な理由をもっていますが、どちらも同じように一面的であり、局限されています。自然物――死んだのも生きているのも――の相互作用は、調和とともに衝突を含み、闘争とともに協力を含んでいます。だから、自然研究者を自任する人々が、歴史的発展の多様な豊富さの全体を「生存競争」という一面的で空疎な言葉――自然の領域のなかでさえある種の限定をもってしか認容できない言葉――のもとに包摂することを敢てするならば、すでにこのやり方そのものが、自分自身に死刑を宣告するものなのです。(p391)


 ダーウィンの生存競争説は、その全体が、ホッブズの「万人にたいする万人の戦い」の説や競争に関するブルジョア経済学説を、マルサス人口論といっしょに、社会から生きている自然に移したものでしかありません。そんな芸当(その無条件的な正当性というものを私は、(1)で暗示したように、否定する、特にマルサスの理論に関しては)をやってのけてから、彼らはこの同じ理論を逆に有機的な自然から再び歴史の上に移して、今度は、人間社会の永久的な法則としてのこれらの理論の妥当性を証明した、と主張するのです。こんなやり方の幼稚なことは一目瞭然であって、これに言葉を費やす必要はありません。しかし、もし私がもっと詳しくこの点に立ち入ろうとするとすれば、私は、まず第一に彼らが出来のわるい経済学者だということを明らかにし、次にはまずい自然研究者でまずい哲学者だということを明らかにする、という仕方でそれをするでしょう。(p392)