ムスリム女性に救援は必要か

ムスリム女性に救援は必要か』ライラ・アブー=ルゴド

 私は民族誌的研究を長く続けるうちにザイナブのような女性たちと知己になった。そして「ムスリム女性」について読んだり聞いたりすると、たびたび戸惑うようになった。エジプトの農村部で女性たちに出会って培った自分の経験と、アメリカのメディアにおけるムスリム女性の表象や、夕食会の席上で、医者のオフィスで、子どもたちのサッカーの試合の横で、私が中東について書いていると知った後に人々が気軽に話しかけてくる内容とを、整合性を持って理解するのは本当に難しい。人々があんなにもたやすく、ムスリム女性に権利などないと決めつけることには驚かされる。
 本書は、自分の経験と前述のような人々の反応とのギャップを理解しようとした、私の学問的な「旅」の記録である。二〇〇一年、アフガニスタンへの米軍による軍事侵攻を正当化するために、「ムスリム女性の権利の擁護」が叫ばれた時点で、私にはすでに二〇年近く、エジプトの様々なコミュニティでの女性の生き方について書いてきたキャリアがあった。七〇年代末に、私はエジプトの西方砂漠のとあるベドウィン・コミュニティに二年住みこんだ。当時の私は人類学を専攻する大学院生で、論文を書くためにフィールドワークをし、この経験をもとに『秘められた感情(Veiled Sentiments)』を出版した。その本には、驚くべき発見を書いた。コミュニティの女性たちにとって詩がかけがえのないものであることや、彼女たちがその詩を通じて、男性や人間関係、人生などについて、感情を表現していたことを書いたのである。哀切な調子の詩の朗誦によって自分自身を表現する女性たちは、アラブ・ムスリム・コミュニティにおいて、文化的・道徳的生活がどう複雑に絡み合っているかを、最初に私に教えてくれた。(p14)


 こうした女性たち一人ひとりの経験の個別性と、人生や人間関係についての彼女たちの考えは、社会科学的手法に基づく一般化と、それを通じた文化の典型の描写であると私が感じる人類学的傾向に対して、再考を迫る。私は二冊目の本の読者には、人類学者だけでなくフェミニストを想定した。語りを前面に出すことで、「家父長制」について語ることや、権力の働きを指摘することの難しさを感じてほしかった。長年にわたる調査によって、私は中東の女性をよく知らないのに偏見まみれの世論に、これまで言われてきたのとは何か違うものを示したかった。エジプトの小さなコミュニティで長年暮らし、子どもたちが育ち、女性が家族を作りあげる努力をし、人々が夢の実現方法を見出し、人間関係や役割が変化し、そして時に希望があきらめに変わる様をつぶさに見てきた自分の経験をもとに、私は「生きられるままの人生」の手触りを伝えるべく、できる限りの努力をした。
 私は自分の取り組みを「文化に抗して書く」と名付けた。私は、文化の一般化は、人々のかけがえのない経験や、私たち誰もがそのただなかにある偶発性に気づく妨げになるばかりでなく、それと向き合うことすら難しくすると考えている。文化〔という概念〕は、これまで以上に国際政治や常識の中核をなす構成要素となりつつある。専門家たちは、我々の世界では、文明や文化の衝突が起きていると言う。彼らは、西欧と「その他」の地域には埋めようのない溝があると言う。とりわけムスリムは特殊で、西欧の文化を脅威に晒す――「その他」の地域のなかでも最も文化的同質性が高く、最も問題含みの――存在として描かれる。ムスリム女性はこの「新たな常識」のなかでは、ムスリムの文化がいかに異質かを示すための、単なる象徴にすぎない。(p16)


 西欧におけるムスリム女性の表象には長い歴史がある。しかし二〇〇一年九月一一日の同時多発テロ以降、「虐げられるムスリム女性」というイメージは、現地の女性たちを彼女たちの文化から救うという使命と結びつけられるようになった。本書で明らかにされるように、こうした見解は、中東や南アジアにおけるアメリカとヨーロッパの国際的な暴挙にもっともらしい説明を与え、それを合理化する。メディアは女性の地位や女性の抑圧の物語に喜んで多くの紙面を割いた。フェミニストもこの活動に参加した。ムスリム女性が書いた大衆的な自伝は、イラン、アフガニスタンサウジアラビアに暮らす無学な同胞女性たちの苦境を白日の下にさらけ出し、西欧でベストセラーとなった。女性団体は、人権や法律の専門家集団とともにアフガニスタンに赴いた。後にそうしたグループはイラクに事務所を構えるが、皮肉なことに、イラクはもともとアラブ世界において最高レベルの教育がなされ、女性の労働市場参加率が高く、政治参加も進んだ国だった。(p17)


 ムスリム女性に対する共通の懸念〔というイッシュー〕においては、改革派と右派の差は曖昧である。保守派のなかには、「ムスリム社会が女性に課す従属状態」などの「際立った不正義」に対し、効果的な反対運動ができていないとして、アメリカのフェミニストを非難する者もいる。彼らは、フェミニスト研究者たちが、「女性らしさ」を警戒し、反家族的で、伝統的宗教に敵対しているのは言うまでもないが、さらには、反アメリカ主義の害毒に蝕まれ、偏在する家父長制に執着しすぎて、「我々には想像もつかない蛮行」を見過ごしにしている、と非難する。一方で、米国のフェミニスト運動の評論家は、九〇年代のアメリカ・フェミニズムの復興には、国内問題からグローバルな課題への問題関心のシフトが見られるという。(p18)


 鼻を切り落とされたアフガニスタン出身の若く美しい女性が『タイム』誌の表紙を飾ったのは、政治的な時宜にかなった出来事だったと識者は述べたものだ。ターリバーンのメンバーである夫とその家族の懲罰によってこのような姿になったビビ・アーイシャの写真が路傍の売店に並び、人々の心をかき乱したのは二〇一〇年八月のことである。八か月前、オバマ大統領はアフガニスタン駐留軍の増員を許可した。しかし最近では、調停のための会合にターリバーンのメンバーも迎えようという話が出ている。『タイム』誌の表紙には、ビビ・アーイシャの写真と並んで「我々がアフガニスタンを見捨てたら、何が起きるのか?」という見出しがついていた。つまり、女性たちが最初の犠牲者になるだろう、と言いたいのである。そこに書かれていないのは、彼女の鼻が切り取られたとき、アフガニスタンにはまだ米英軍が駐留していたという事実である。……
 それにもかかわらず、あるWAW理事は、『タイム』誌の政治的メッセージをそのまま繰り返した。彼女は「私たちがアフガニスタンを去れば、大量殺戮が起こるだろう」と予想していた。ビビ・アーイシャの苦境は、ターリバーンの残虐行為を大衆に思い起こさせるものとなった。……
 ビビ・アーイシャをめぐる論争が示すのは、アフガニスタンの女性の権利の問題が、いかにテロとの戦いという政治の核心的な位置を占めつづけているか、ということである。それはまるで二〇〇一年の最初の日からそうだったかのごとく、アフガニスタンの女性を救う、という用語で正当化されてきたのだった。ムスリム世界のアフガニスタンとは別の場所で女性とジェンダー政治について長年研究してきた人類学者として、私は当時、この戦争の公的な論理に懐疑的だった。アフガニスタンの女性には独自の戦いがあり、暴力に悩まされている女性もいることを知ってはいたが、それでもなおそうだった。(p40)


 最も理解に苦しむのは、この文化起因論的な解説――それは世界中の全ての人々が、相互に作用しあう複雑な連関のなかで生きているという事実一切を捨象する――において、ムスリム女性やアフガニスタン人女性がなぜこれほどまでに重要視されているのか、という点である。女性の表象がテロとの戦いに動員されるという、他の紛争ではみられなかったことが、なぜ行われているのか。多くの人々がすでに指摘したように、二〇〇一年一一月一七日のローラ・ブッシュのラジオ声明は、こうした動員が政治に何をもたらしたかを明らかにした。……
 スピーチでは、アフガニスタンへのアメリカの軍事介入の正当化や、アフガニスタン攻撃をその一部とするテロとの戦いを肯定するために女性が動員された。ローラ・ブッシュは「近年の我々のアフガニスタンに対する軍事的成果のおかげで、女性たちが家庭に閉じこめられることはもはやない。女性たちは音楽を聴いたり、罰を恐れることなく娘たちに〔勉強を〕教えたりできる(*ターリバーンは都市部居住女性に就労・就学制約を科した)。テロとの戦いとは、女性の権利と尊厳をめぐる戦いでもある」と言う。
 これらの用語〔と植民地時代の言説と〕は植民地の歴史を学んだ者の脳裏にずっとこびりついて響き渡るだろう。南アジアにおけるイギリスの植民地支配を扱う多くの研究者が、植民地政策において、女性の課題がいかに利用されたかについて書いてきた。(p45)


 救済というレトリックを超えて
 文化、ヴェール、そして文化的差異の落とし穴という三つの議論は、「アメリカ軍によって解放されたことでアフガニスタン女性が歓喜した」というファースト・レディーのローラ・ブッシュの自己満足に、異なる角度から光を当てる。アフガニスタン人女性やムスリム女性を助けが必要な人々とみなすことには問題がある。(p62)


 近代の奴隷制度については、なぜあの戦慄すべき大西洋奴隷貿易が、何百万人もの命を犠牲にし、何百万人もの人々を故郷から引き離しつつ何百年も命脈を保っていられたのか、という問いに答えるべく、研究者たちが今も努力を重ねている。イギリス人商人から北アメリカのプランテーション・オーナーに至るまで、そしてキリスト教宣教師、アフリカの東部沿岸や内陸の王国にいたアフリカ人、さらに奴隷とされた男性や女性たちといった、奴隷貿易に関わった多様な集団や人々にとって、奴隷貿易はどのような意味を持っていたのか。そして今日まで残る奴隷制の遺産とは一体何なのか。遺産には、例えば一応の自由を与えられつつ使い捨てにされる下層階級の人々が含まれる。しかし奴隷制の研究から得た三つの教訓から私たちは、女性に関わる新たな挑戦――「女性の解放のために武器を取れという呼びかけ」――の輪郭とその限界とを学ぶことができる。
 『ハーフ・ザ・スカイ』が語る奴隷制廃止の物語は単純である。イギリスの道徳的で善良な人間が果敢に困難に挑み、ついに人々を、そして議会を説得し、圧力をかけ、国家利益や経済的利益に反して奴隷貿易の撤廃を勝ち取った。その功績は、嘆願書に署名し西インド会社の砂糖をボイコットした一般人に帰せられている。しかし真のヒーローはトーマス・クラークソンだった。彼は、今日のジャーナリスト同様、一七九〇年代にイギリスの奴隷船の惨状について書いた。著者らは彼こそが「近代人道運動の創設者」だと認める。……
 しかし、ブラウンの重要な指摘は歴史的画期をなすものだった。「アメリカ革命(*南北戦争のこと)の前は」と彼は言う。「奴隷制反対を議会立法を通じて実現させようとする者など誰もいなかった」。彼にとって重要な問いとは以下である。何が、奴隷制反対を掲げる組織的運動の発展を可能にしたのか。どのような歴史的条件が揃えば、それ以前には散発的な奴隷制への反感に過ぎなかったものが、道義的美徳とみなされるようになるのか。もしアメリカが植民地のままであったなら、奴隷制反対のための行動や反感や運動は、奴隷制反対ではなく、「大帝国の統一」の下に出現し、異なる帰結を見せたのだろうか。要するに、いくつもの要因が作用することで、奴隷制反対運動が可能となったのみならず、さらには突然に、疑いようのない正義とされたのだった。ブラウンは、奴隷制度、資本主義、帝国拡大、そして首都で形成されるイデオロギーと、植民地におけるそれらの実践との緊張にかかる複雑な分析を通じて、道義的行動の真実の歴史を描き出す。アッピアはこれらの要因にはほとんど言及しない。(p75)


 これら全ての作家にとって、女性に対する不当行為や女性の苦悩は、それが「性奴隷」か「精神的な奴隷」か、レイプか妊産婦死亡か、名誉殺人として知られるものか家庭や娼館における監禁かにかかわらず、全てが遠い世界の出来事である。彼らはグローバルな視座から、ジェンダー差別やジェンダー不平等を語る。そしてアフリカ、アジア、中東や、ヨーロッパにある移民社会の話をする。奇妙なのは、女性の権利が問題となる場所はいつも、ここではないどこかであることだ。……
 彼らはジェンダー不公正は理解をこえていると言うが、私に言わせれば、それは彼らがそれを自分の世界によくある出来事とは考えていないからである。時に現れる論旨と矛盾する統計(例えばアメリカ合衆国の妊産婦死亡率はイタリアと比べてかなり高く、アイルランドと比べると衝撃的ですらある)の説明さえない。暴力を振るう恋人や夫を殺し、アメリカ合衆国の刑務所に服役中の女性たちを弁護するために時間外労働をする弁護士の活動については、『ハーフ・ザ・スカイ』は何も語らない。アメリカ合衆国の司法省の報告書などからの引用もない。報告書は、アメリカ人女性の六人に一人は生涯に一度はレイプ被害を受けていて、加害者は通常親しい人物や知人であるという。彼らは、男性たちが女性を酔わせて「得点する」ことや、ゲストを集団で強姦すること、翌日にそれらの行為を言いふらすことまでが容認されると書いた、ペギー・サンディ(*アメリカのフェミニスト人類学者)の、大学の男子寮の白人中産階級文化に関する研究については語らない。アフガニスタンイラクからの帰還兵による、家庭内暴力や配偶者の殺人発生率が危険な水準に達していることにも一切触れない。クリストフとウーダンによれば、アメリカ人女性が直面する唯一の問題とは、「意に反して上司に触られる」ことか「低予算しかつかないスポーツ・チーム」である。彼らは死に至る性差別を問題化することを正当化するために、アメリカ合衆国やヨーロッパにおけるジェンダー問題を矮小化してしまっている。(p78)


 西欧人はグローバルな不平等を維持させ、あちこちで女性の苦しみを悪化させ(場合によってはその原因ともなっ)た張本人であるにもかかわらず、この類の本は、西欧人がすでにどのような役割を担っているのかを検証する方向には働きかけない。この傾向は特に、パキスタンアフガニスタンなどの、テロとの戦いと道義的説得力とが分かちがたく、複雑に絡みあった地域において顕著である。
 自分たちから遠く離れた場所での苦しみに対する熱狂的な関心はまた、苦しみの原因となる複雑なダイナミクスには無関心で、そこが厄介である。また同様にグローバルな不平等の長い歴史ゆえに、「北」に生きる私たちの多くが享受する特権を等閑視する議論のあり方にも問題がある。特権のなかには、莫大な消費、軍事侵攻を心配しなくてもいい安全な暮らし、先進医療の充実、子どもたちを育てて彼らのために希望を持つ相対的能力と教育が含まれる。とりわけ教育は、私たちがこれらの不平等を分析する際の道具を与えてくれる。「北」に住む私たちは、世界資源の分配におけるショッキングなまでの不平等を、必然とみなして受容しているようですらある。(p83)


 一体どうやって、女性のために戦争に行くという新たな常識を生み出す作家は、権威を得ているのだろうか。論理的には穴だらけで、作中で語られないことも多く、女性が抱える問題の描き方には偏向がみられ、しかも肝心要の部分がそもそも神話であるにもかかわらず、ムスリム世界全体に対する国際的関与の合意形成を生み出す彼らの議論に、なぜ多くの人々は同意してしまうのだろうか。
 ここで論じる作家は、人権や女性の権利といった、現在広範囲に通用する言語を使うことで、自分たちの論拠への疑いを退ける。それらの言語は、世界中の人々に対し公正になる方法を学び、人類の普遍的基準に沿って物事を判断するよう強く求める。そしてその普遍的基準を部分的にせよ定義づけるのが、ジェンダー平等と女性の自由への希求なのである。もし、女性たちを世界のここではないどこかから――多くの場合彼女たちの文化や伝統から――救出するという道義的十字軍の権威が、様々な国際機関が作り上げてきた普遍的権利という価値観に由来するならば、この議論の感情に訴えかける説得力は、そうした作家たちが普遍的権利という価値観と自分たちとを結びつけることによって生み出されてきた。この特徴が最もよく表れているのが、ここではないどこかで女性たちが悩まされている問題を描いた、欧米で非常に人気のあるジャンルの読み物で、そこで被害者とされるのは多くの場合ムスリム女性である。このジャンルの読み物の描写は生々しく、ポルノ的ですらある。
 女性の救出という新たな常識においては、〔国際機関の使う〕抽象的で公平な言語と〔文学ジャンルの〕感傷的な言語とが混淆している。そのどちらの言語においても鍵となる語彙は、合意形成、選択、そして自由である。この脚本の核となるのは、選択する人間と選択しない人間、自由に生きる人間と囚われて生きる人間の違いであり、この脚本の顚末に、聖戦の行方は左右される。
 これらの二つの言語について、まずは考察すべきである。そして特に注目すべきは、虐げられるムスリム女性という人気のジャンルの読み物である。これは人身売買の一形式、文学による人身売買とも考えられる。二章で検討したように、かつての大西洋をまたぐ奴隷制度と、今日のジェンダー抑圧はさしたる類似性を持たない。この非類似性は、プランテーション奴隷を対象としたポルノとこのジャンルが、驚くほど似通っていることによって克服されている。そこで本章では、こうした本が作られる政治的文脈に焦点を当て、それらが読者に与える影響について検討する。さらに、秘められた仄かな性的快感や、例外的な話を一般化させる作用を持つ怪しげな魔法に逆らって作品を読むことで、それらのお決まりの物語のなかの、犠牲者/ヒロインという強い関心の対象について、別の見方を提示する。(p99)


 「読み捨て三文ノンフィクション」のめくるめく世界
 もし女性の権利と女性の平等のための喫緊の戦いという「新たな常識」が、「普遍的」権利と「自由な選択」の価値についての国際的な合意ゆえに権威を持つとしたら、それはアメリカやヨーロッパの公共圏に存在する異なる言説が、感情に訴える力を秘密裏に書き込んだ故である。商業誌として出版され、広く評され、読書サークルや女性の読書クラブで取り上げられる、虐げられる女性たち――そのほとんどがムスリムである――の物語という扇情的なジャンルは一九九〇年代に市場にあふれ出し、9・11以降に急成長した。
 このジャンルに典型的な繰り返し出てくるテーマは、「力ずく」と「囚われの身」である。アザール・ナフィーシィ作の『テヘランでロリータを読む(Reading Lolita in Tehran)』といったやさしいトーンの自伝から、アスネ・セイエルスタッドのジャーナリスティックな『カーブルの本屋(The Bookstore of Kabul)』、アイヤーン・ヒルシ・アリ作の論争的な『囚われの乙女』とその続編に至る全てに、このテーマが一貫して流れている。これらの本は、批評家の絶賛をほしいままにしてきた。より広い読者層を抱えるさらに下らない本にも、このテーマはやはり同じようにみられる。文学者のドフラ・アフマドはこのジャンルを「パルプ・ノンフィクション〔読み捨て三文ノンフィクション〕」と呼ぶが、おそらくこの呼び方は不適切である。作中で描かれる、ムスリムの少女が虐げられてやっとのことで逃げ出すという物語は、暴力と虐待に満ちた夢も希望もない世界へと私たちを引きずり込む。アフマドはこのジャンルのもっと軽い読み物を研究し、往々にして読者は、これらの読み物を現実の場所の、実在する人々についての民族誌と誤解している、と指摘する。(p105)


 二〇世紀の後半と二一世紀初頭に大量出版される文庫本は、同じテーマの焼き直しではあるが、独自のスタイルと登場人物に彩られている。主人公はアフマドがいうところの「勇敢な個人主義者」で、フェミニスト的理想を持ち、彼女たちが生まれ育った奇妙で下劣な世界に囚われたままでいることに我慢がならない。彼女たちは自由を求めているアイヤーン・ヒルシ・アリやイルシャッド・マンジといった「地元出身の情報提供者」の有名人と同じように。(p107)


 こうした「自伝」が、その名の通りノンフィクションかどうかを判断するのは難しい。何冊かの本は、抑圧された記憶を基にしているため、信頼できるとは言い難い。多くの主人公はファースト・ネームしかわからない。「秘密の知識」なるものに基づく本もある。四章で論じるノーマ・コウリーの『失われた名誉(Honor Lost)』のように、捏造だったことが公になった本もある。ほとんどの本は、ジャーナリストとの共著か、専門のゴーストライターの手によるものである。それらは、控えめに言っても複雑な方法による〔第三者の手が入った〕、伝聞に基づく物語である。たとえ実体験や実際の出来事が物語に反映されていたとしても、これらの本は、我々が新聞や裁判記録で見る虐待や、病的行動を対象にした心理学的研究と同程度には不穏である。(p107)


 ムスリム男性やアラブ男性が女性に下劣で残酷な仕打ちをする描写に、高い社会的な需要があるという事実には懸念を覚える。人類学者がこれらの国々の女性の日常を描いた優れた民族誌が大して売れないのとは違い、抑圧されたムスリム女性による苦しみの「自伝」は、不思議なほど長い間、絶大な人気を誇る。……
 私がより憂慮するのは、セックスに関する記述が〔この類の本には〕いつもあることである。性的虐待を書いた自伝の作者のなかには、活動家として表彰された者もいる。……
 これらの本は、凄惨で非常に極端な物語でありながら、なぜここまで人の心に訴える強い力を持ち、なぜ著者らはこんなにも褒め称えられるのだろうか。それを理解するためには、これらの本を、読まれている文脈のなかに位置づける必要がある。こうした本は、アラブ人やムスリム、そしてある特定の他者が、西欧にとって危険なものとみなされる、緊迫した国際政治という場、という背景があるからこそ人を魅了する。フェミニストらはこうしたありえない物語を褒め称える。(p115)


 こうした文章から、これらの自伝が恐怖と同情をあおり、サバイバーであるヒロインの自由への逃亡を称揚するために書かれたことは明らかである。自由とは、主人公を苛むムスリム男性からだけでなく、自らのコミュニティや文化から脱出することをも意味する。自伝の著者は自らの怒りと自己嫌悪、そして自殺未遂を告白する。著者たちは自分のことを評して度々、反抗的なティーンエイジャーだったと言う。これこそ、二〇世紀末のフェミニストと二一世紀初めのフェミニストの違いである。スピヴァクの有名な表現を借りれば、二一世紀には、茶色い女性は白い姉妹や友人たちに助けを求めているようなのである。(p122)


 ここで問題にしたいのは、『サブミッション(服従)』というタイトルの、彼女の悪名を高めた一一分の映画である。
 ヒルシ・アリの十八番は、文脈から切り離したクルアーンの数節と、彼女が避難所で出会ったか妄想するかした女性の虐待とに直接的な因果関係があると主張する知の形式であり、映画はこのスタイルに沿って作られている。……
 この映画とヒルシ・アリは、オランダ人研究者たち、特にフェミニストたちの間で論争の的になった。『サブミッション』は「親密でエロチックな宗教的イメージを喚起し、被害者の表象を通じてイスラームの残虐さと不公平さを明らかにした」と述べた識者もいた。アンネリーズ・ムーアス(*オランダの人類学者)はこの映画を「筋金入りのオリエンタリズム」と呼んだ。映像だけではなくナレーターの語りも、この映画の演出の効果を上げている。性欲をそそる女性が被害者である。ある女性は胎児のポーズで横たわり、顔にはあざがあり、ネグリジェは引き裂かれ、胸が露わになっている。別の女性は礼拝用絨緞の上に立ち、体が透けて見える紗の黒いガウンを裸身の上に纏う。別の女性は後ろ姿を撮られていて、素肌の背中にはクルアーンの節が彫り込まれている。ヒルシ・アリは、これらのサド・マゾ的幻想に満ちたイメージは自分が作り出したもので、この映画のために命を落としたテオ・ファン・ゴッホ(*オランダの映画監督。『サブミッション』の監督。この映画のために殺害予告を受け、二〇〇四年一一月に殺害された)のものではないと誇らしげに主張する。(p123)


 名誉犯罪という概念にまつわる不愉快な政治をもっと実感したいなら、さらに大衆的な言説に目を向ける必要がある。三文ノンフィクションが、選択と自由を使ってどんな風にムスリム女性の抑圧を描いてきたかについてはすでに論じた。名誉犯罪というカテゴリーはまた、ファンタジーを通じて、近代性や西欧に帰された価値観に対する愛着を作り上げてもいる。この傾向は、名誉犯罪のサバイバーによる、商業的に大成功した二冊の「自伝」にも見られる。それらは、9・11以降でアメリカによるアフガニスタン侵攻の前夜、今にもイラクへの進攻が行われようとしているまさにその時期に、熱狂的で涙もろい読者に歓迎された。うち一冊はノーマ・コウリー作の、二〇〇三年にヨルダンで起きた、彼女の親友ダリアが犠牲となった名誉殺人を扱った、ベストセラーとなった回想記である。イギリスでは『禁じられた愛(Forbidden Love)』、アメリカでは『失われた名誉』と題されたこの本は、古典的な恋愛小説として書かれ、背が高く、肌が浅黒くハンサムなのに性差別的な人でなしではない男性が愛の対象として描かれることで完璧なものとなった。貞淑さもスパイスにしつつ、互いに惹かれあう胸の高鳴りが描かれる。しかしこの恋愛は一般的な恋愛小説とは違い、殺人という結末を迎える。この小説には、オリエンタルなステレオタイプも見出せる。人の心をつかむ話の筋のなかに、ハーレクインロマンスやホラー映画にはない、イスラームに関するえらそうな解説が含まれているのである。……
 ここでの問題は、それが捏造本であることである。ノーマ・コウリーの本名はノーマ・バガイン・トリポウロスといい、本に書かれた出来事のために、オーストラリアで移民として暮らしていた。その後報道ジャーナリストは、彼女がヨルダンに住んでいたのは三歳までだということを突き止めた。疑いを抱いたヨルダン人ジャーナリストのラナ・フセイニーが、本のなかに何十もの重大な間違いと時代錯誤な点を見つけて指摘すると、出版社は本の販売を中止した。コウリーは名誉犯罪から逃れていなかったし、それどころか彼女はシカゴ育ちの、逮捕歴を持ち、偽証罪で指名手配をかけられたことのある、問題のある女性(かつ脅迫観念にとらわれた嘘つき)だったのである。
 この回想録に見せかけたフィクションは、名誉犯罪にまつわるファンタジーとその蠱惑的な引力とを、これ以上ない形で白日の下に晒す。「他者」の野蛮性に関する一人よがりの名誉とは、自由と選択というリベラリズムの強力なシンボルの個人化と、のぞき趣味とが渾然一体となったものである。こうした名誉犯罪の本や、名誉犯罪のスキャンダラスな扱いによって持ち上げられ褒め称えられているのは自由〔とその価値〕である。しかしここでの自由とは結局のところ、セックスと家出の自由にすぎない。また選択は、つまるところ、愛に基づき個人的決断を行うことだけになってしまう。この本を熱烈かつ無批判に受容することこそが、近代西欧文化的な価値観を、つまりセクシュアリティの解放と公的自由をめぐる個人的な権利を至上のものとみなしたいという誘惑を、下支えしているのである。
 三章で少し触れたもう一冊の「自伝」は、名誉犯罪にはポルノ的な魅力と、リベラルな西洋と抑圧的なムスリムの東洋とを分ける役割があることを証拠立てている。(p144)


 権利制度の一見潔白そうな道徳性に挑むとき人類学者は、人道主義植民地主義が姿を変えた、その新たなあり方なのではと疑う、政治思想家や法思想家と協働してきた。彼らのなかには、権利に基づく議論そのものの矛盾を指摘する者もいた。すなわち権利の議論は、人々が権利を主張することを促すが、しかしそれによって個々人が平等な世界へと解放されるわけではなく、むしろ個々人はかえって彼らの傷によって優微化され、特定のアイデンティティへと囲い込まれてしまうのである。あるいはそれは、過去の暴力の加害者を、権利の擁護者に仕立て上げることで放免してしまう。トランスナショナルフェミニスト理論家は、女性の権利と人権を結びつけることでもたらされるよくない傾向を危惧した。ラトナ・カプール(*女性の人権や法を専門とするジェンダー法学者)の、権利の言説は第三世界の女性を「被害者という客体」に矮小化してしまうという影響力の大きな分析や、インダーパール・グレウォル(*第三世界フェミニズム研究、ジェンダーと移民、トランスナショナル状況の研究者、アメリカ人)の、人権は社会保障と権力の形式の二つと結び付けられた「真実というレジーム」である、という主張は、その例である。(p200)


 恋愛至上主義――〔気づきにくい〕もう一つの束縛
 この一人の若い女性が自分の責任と欲望を秤にかけつつ、馴染みのあるものの一部になりたい、愛されたいと願い、同時にそれが自分に合うかわからないのに、そしてそれが幸せと不幸のどちらを運んでくるかすらわからないのに、何か新しいものを選んでみたいと願うその気持ちは、誰もが知っている現実を思い起こさせる。それは選択には難しさがつきまとい、自分が何を望んでいるのかはわからないこともままある、ということだ。合意形成を保証することは、それを保証するのが女性差別撤廃条約だろうがシャリーアだろうが家族の愛情だろうが合理的な計算だろうが、ザイナブの娘が重要な選択をするときにはほとんど何の役にも立たない。同じような制約のただなかにいる人々は、世界中のどこにでもいる。自由な選択や合意形成が何を意味するのかを議論するなら、こうした状況を要因として取り上げる必要がある。(p243)