魚から機械へ

『陸と海 世界史的な考察』カール・シュミット

 海の子になった獅子の子

 一三世紀の古いイギリスの予言では、「獅子の子らはやがて海の魚に変身するだろう」と語っていたが、この予言が実現されたのは、まさにこの時代のことである。これらの獅子の子らは中世の末期には主として牧羊を営んでいたが、刈り取られた羊毛はフランドルに輸出されて、そこで織物に加工されていた。この牧羊の民がほんとうに海の泡の子となり、海賊の民となり、「海の子」に変身したのは、まさに一六世紀と一七世紀になってからのことである。(p118)


 陸戦と海戦

 イギリスによる海洋の占有と取得と、陸と海の分離というこの根本的な事実を前提にしないかぎり、引用されることの多い有名な命題や格言も、その真の意味を理解することはできない。たとえばサー・ウォーター・ローリーの有名な言葉として、「海を制する者は世界の貿易を制する。世界の貿易を制する者は、世界のあらゆる富を所有する者になり、事実として世界を所有する者になる」とか、「あらゆる貿易は世界貿易であり、あらゆる世界貿易は海上貿易である」という言葉がある。さらにイギリスの海洋権力と世界権力の頂点から語られた言葉として、「あらゆる世界貿易は自由貿易である」という自由についての有名な格言がある。
 これらの言葉はどれも間違いであると、簡単に言ってはならない。ただしこれらの言葉は特定の時代と特定の世界状況と結びついたものであって、絶対的で永遠の真理とみなすことはできない。(p209)


 魚から機械へ

 ナポレオンは二〇年にわたる戦争の後に、ワーテルローの戦いで敗北した。これによってイギリスによる議論の余地のない完全な海上支配の時代が始まる。この海上支配は、一九世紀の残りの期間をつうじて維持された。このイギリスによる海上支配の絶頂期は、一九世紀の半ば頃、すなわちクリミア戦争終結させた一八五六年のパリ会談の頃だった。
 この自由貿易の時代はまた、イギリスの産業的な優位と経済的な優位が自由に発展した時代であった。自由の観念のうちで、自由な海と自由な世界市場が結びついていたが、この自由の担い手であり守護者であるものは、イギリス以外ではありえなかった。……
 この偉大なリヴァイアサンの根源的な本質に、ある内的な変化が発生していたのだが、その当時はこの変化が意識されることはなかった。この時代には世界経済が驚異的な発展をとげていたために、同時代の実証主義的な立場の人々も、目の前で凄まじい勢いで増大していく富の大きさに幻惑されていた。こうした富は今後もますます増大しつづけ、地上に千年王国的な天国が実現すると信じ込んでいたのである。
 しかしリヴァイアサンの本質に触れるこうした内的な変化は、まさに産業革命の結果として生まれたのである。産業革命は、さまざまな機械類の発明に伴って、一八世紀のイギリスで始まっていた。(p233)