ポーランド亡命政府

『第二次大戦下ベルリン最後の日 ある外交官の記録』新関欽哉

 ヤルタ会談における最大の論議は、東欧問題、とくにポーランド問題に集中した。そのころポーランド問題は、米英ソ三国の連合関係に亀裂を生じさせかねないほど深刻なものとなっていた。そもそも英国は、ポーランドを救うためドイツと戦うこととなったのであり、ポーランドの将来について重大な関心をもっていた。これに対してソ連は、ナポレオンをはじめとする侵略者たちがすべてポーランドを通路としてソ連に侵入したという歴史的事実にかんがみ、ポーランドの帰趨は自国の安全保障につながる重要な問題であると主張していた。
 ロンドンには開戦直後からポーランド亡命政府があり、ポーランド人から成る部隊は連合国軍とともに対独戦争に参加していたが、一九四三年以来、亡命政府とソ連の関係は断絶状態にあった。(p107)