旅行文学

『啓蒙の世紀と文明観』弓削尚子

 十八世紀には、学術的な探検旅行によって世界全体がヨーロッパの科学の射程にはいるようになるが、その一方で、この世紀は、外の世界に関するファンタジーを大きく膨らませた時代でもあった。旅行文学の金字塔といわれる『ロビンソン・クルーソー』(一七一九年)と『ガリヴァー旅行記』(一七二六年)は、ともに十八世紀初頭に生み出されている。両作品とも、純粋な空想上の産物というより、世界各地に船出した旅行者たちの記録をもとに成立した物語である。(p37)


 イギリスで乗り込んだ貿易船が難破し、絶海の無人島に漂着したロビンソンは、二五年にわたる孤独なサバイバル生活をへて、ある日、はじめて一人の人間に出会う。…
 やがてロビンソンに帰国のチャンスがめぐってくるが、このサバイバル・ストーリーの結末は、無一文ながらも命からがら帰還する、というものではない。ロビンソンは帰路、財を成し裕福になってイギリスの地を踏むのである。非ヨーロッパ世界に船出し豊かになって帰ってくるというサクセス・ストーリーは、植民地経済のメリットをも伝えている。イギリスに帰国後、ロビンソンはふたたび島を訪れ、島全体の彼の所有権を確認し、本国から職人や技術者を送り込み、植民者ロビンソン物語はここに完成する。(p37)


 自ら「発見した」土地を領有し、先住民に対する教化と馴致をおこなうロビンソンは、ヨーロッパ植民者の原型となった。
 ちなみに、『ロビンソン・クルーソー』の前提にあるヨーロッパの優位は、フライデイに対してのみ示されたわけではない。デフォーによる続編『ロビンソン・クルーソーのその後の冒険』で、ロビンソンは自分の植民地を訪れたのち、マダガスカルやインド、フィリピンやシャム(タイ)、中国、中央アジアなど世界各地を旅するが、現地の人びとは、彼の目には一貫して「野蛮人とそう大差のない未開の異教国民」としか映らないのである。そうした未開の民を横目で見つつ、彼のふところは彼の冒険心と同じように満たされていく。ヨーロッパに帰還し彼が数えあげた収益金は「三千四百七十五ポンド十七シリング三ペンス」、それに数個のダイヤモンドであった。無人島の暮しのなかで、損益計算書をつくって合理的な生活をしていたロビンソンである。この緻密な数字に、植民地経済システムのなかに生きる近代経済人の姿が垣間見られる。(p40)