ウィルソンは政策を翻す

満洲国建国の正当性を弁護する』ジョージ・ブロンソン・リー

 大戦が進行している間、日本が中国でこれ以上有利になるのを防ぐために、ウィルソン大統領は親中派の顧問から、政策を翻して独占政策を復活するように説得された。一九一八年に国務省は、イギリス、フランス、日本に対中新借款団を作ろうと誘いの手を伸ばし、英仏に対しては両国が対等に参入できるようになるまで、アメリカ銀行団が対中借款の割当額を引き受けると約束したのである。交渉中、話は次第に四か国間の最終合意に向かって行ったが、アメリカ外交は、日本の満洲鉄道利権を新借款団に共同管理させることに全精力を傾けた。日本は、これらの権利は自国の防衛だけでなく、"モンゴル方面からの脅威"から中国を護るための要でもあると主張し、最終的に、自らの戦略的な安全保障に必須と判断される権利のこれ以上の損傷は承諾できないとした。中国から権利を獲得して満鉄に並行する競争路線を作り、日本に売却を余儀なくさせるというハリマンの南満洲鉄道買収計画。満洲の全鉄道の国際化を狙ったノックスの中立化計画。満洲の利権を新借款団に共同利用させるために日本にかけられた圧力。これらのすべてはアメリカ政府の側に、満洲の鉄道権利を日本から剝奪することで、日本の安全保障を、中国あるいは中露連合による征服から自衛できないところまで毀損するための所定の計画や政策があったことを指し示しているように思われる。
 アメリカ政府は一九〇五年以来、満洲をめぐるあらゆる論議に関与するのに十分な条約上の権利があった。しかしそれでも、もし我々の動きがすべてうまく行っていたならば、今頃日本は水も漏らさぬ仕切りの中に拘束され、取り囲まれ、制限され、民族的自殺と絶滅に直面するように運命づけられていただろうし、その一方でロシアと中国は、日本が独立を守るために二度の戦争を戦い、現在は百万に上る人口の捌け口となるところへと領土を拡大する機会を認められたという事実に変わりはないのである。(p120)


『日米・開戦の悲劇』ハミルトン・フィッシュ

 大統領であるルーズベルトがなぜ戦争賛成派であったのか。彼は、ウッドロー・ウィルソンの下で海軍次官を勤め、ウィルソンの国際連盟賛成論および国際主義的政策に強く影響された。
 ウィルソンは、米国を戦争にまきこまないことを約束していたが、彼が第二期政権についた六ヵ月後には、われわれは欧州で戦っていた。ウィルソンは、米国・欧州を通じて最大の国際連盟主唱者となった。ウィルソンに任官されたルーズベルトは、自分の先師の国際主義者的イデオロギーを受け入れたのである。(p23)


 ベン・ヘクトは、その自伝の中で、次のように述べている。
 「ルーズベルト大統領が、ユダヤ人の虐殺を防ぐ人道主義のために、指一本上げなかったこと、ユダヤ人の置かれた境遇に対して消極的なコメントを繰り返したこと、史上最悪の大虐殺に対し無関心だったことは――」理解し難い。
 ヘクトは、続けて、
 「ルーズベルトの主席秘書官でユダヤ系の、デビット・ニイルズから、大統領はドイツのユダヤ人殺戮を非難するような演説や声明を発表したりしないだろう、ということを知らされた」
 とも書いている。(p161)