イスラム国より残虐な支那を褒めた朝日新聞

高山正之が斬る 朝日新聞の魂胆を見破る法』高山正之

 日清戦争明治27年7月、朝鮮半島西岸の豊島沖で海戦が、その海岸から少し入った牙山で陸戦がほぼ同時に始まる。牙山での緒戦は支那兵500人戦死に対して日本側は2人。うち1人が死んでも喇叭を離さなかった木口小平だ。

 支那が繰り広げた絶後の記録
 日本軍は潰走する敵を追って僅か2か月で平壌に進撃するが、この間に不幸にして支那軍に捕まった者はすべて殺された。彼らは捕虜を取らない。すべてを前述の凄惨な方法で殺してしまう。
 しかし、彼らの処刑はこれで終わらない。GHQの"戦後処理"に似たさらにあくどいあと処理がある。
 彼らは殺した日本兵の着衣をすべて剥ぎ取る。これも相手を貶める儀式で、さらに顔を叩き潰し、手足を切断し、心臓を抉り出すのが形だった。
 9月。平壌を落とすに当たって第1軍司令官山縣有朋は訓示を出す。
 「敵軍といえど降る者は殺すべからず。然れどもその詐術にかかる勿れ。かつ支那人は古きより極めて残忍の性を有す。誤って生擒(せいきん)に遭わば必ず残虐にして死に勝る苦痛を受け、ついには野蛮惨毒の所為をもって殺害せらるるは必然なり。決して生擒するところとなるべからず。寧ろ潔く一死を遂げ、もって日本男児の名誉を全うすべし」
 のちに東条英機の戦陣訓の一節「生きて虜囚の辱めを受けず」に引き継がれていくが、有朋は徒に死ねといっているわけではない。支那人は狡く降伏したふりをして平気で裏切る。現に豊島沖海戦では敵巡洋艦「済遠」が白旗を掲げて降伏したように見せかけ、いきなり魚雷攻撃してきている。そういう卑劣で外道な支那人相手でも日本軍は正々堂々戦えといっている。ただ絶対に生け捕りになるなと。……
 いまウイグルチベットで、現在進行形で続く弾圧を見れば分かるように支那人は少しも変わっていない。
 イスラム国より危ない支那朝日新聞は長い間、美しい偽りの言葉で包んで日本企業に進出を促してきた。
 そしていま。多くの企業は支那の人質にされ、その首を刎ねられようとしている。慰安婦の虚構と同じに支那についての虚報も急ぎ訂正と謝罪をすべきだろう。(p226)