残虐なものに対する共感

カラマーゾフの兄弟(下)』ドストエフスキー 原卓也新潮文庫

 「アリョーシャ、時々あたしのところに来てね、もっとひんぱんに来て」突然、祈るような声で彼女は言った。
 「僕はいつになっても、一生あなたのところへ来ますよ」アリョーシャがしっかりした口調で答えた。
 「だってあたしが言えるのは、あなただけですもの」リーザがまた話しはじめた。「自分自身と、あなただけ。世界じゅうであなた一人よ。それに、自分自身に言うより、あなたに言うほうが、すすんで話せるわ。あなたなら、全然恥ずかしくないし。アリョーシャ、なぜあなただと全然恥ずかしくないのかしら、全然? ねえ、アリョーシャ、ユダヤ人は過越(すぎこし)の祭に子供たちをさらって、斬り殺すっていうけど、あれは本当なの?」
 「知りませんね」
 「あたし、ある本で、どこかの裁判のことを読んだのよ。ユダヤ人が四歳の男の子を、最初まず両手の指を全部斬りおとして、それから壁にはりつけにしたんですって、釘で打ちつけて、はりつけにしたのね。そのあと法廷で、子供はすぐに死んだ、四時間後に、と陳述しているのよ。これでも、すぐにですってさ! その子供が呻きつづけ、唸りつづけている間、ユダヤ人は突っ立って、見とれていたそうよ。すてきだわ!」
 「すてき?」
 「すてきよ。あたし時々、その子をはりつけにしたのはあたし自身なんだって考えてみるの。子供がぶらさがって呻いているのに、あたしはその正面に坐って、パイナップルの砂糖漬を食べるんだわ。あたし、パイナップルの砂糖漬が大好きなんですもの。あなたも好き?」
 アリョーシャは何も言わずに、彼女を見つめた。蒼白な黄ばんだ彼女の顔がふいにゆがみ、目が燃えあがった。
 「ねえ、あたしこのユダヤ人の話を読んだあと、夜どおし涙を流してふるえていたわ。小さな子供が泣き叫んで呻いているのを想像しながら、(だって、四歳の子供なら、わかるはずよ)、一方では砂糖漬のことが頭を去らないのよ。翌朝、ある人のところへ、必ず来てくれるようにって、手紙を届けさせたわ。その人が来ると、あたし、男の子の話や砂糖漬のことをふいに話してきかせたの。何もかも話したわ、何もかも。《すてき》だってことも言ったのよ。そしたらその人、突然笑いだして、本当にすてきだと言ってくれたわ。それから立ちあがって、行ってしまったの。全部で五分くらい坐っていたかしら。その人あたしを軽蔑したのね、軽蔑したんでしょう? ねえ、教えて、アリョーシャ、その人あたしを軽蔑したのよね、それとも違う?」彼女は目をきらりとさせ、車椅子の上で身体をまっすぐ起した。(p187)