果して反ファシズムなのか

日本共産党中韓筆坂秀世

 第二次世界大戦は、今では「反ファッショ対ファシズム軍国主義の戦争」と規定されている。だが、そんな単純な図式が本当に当てはまるのだろうか。
 それに決定的な疑問を提起するのが、コミンテルンソ連共産党の取った行動である。
 前述のように昭和一四年(一九三九年)にソ連は、敵対していたヒトラー・ドイツとの間で独ソ不可侵条約を締結している。この条約と同時に締結された秘密追加議定書は、独ソ両国によるポーランド侵攻ソ連によるバルト三国併合とフィンランドへの侵略などを黙認するものであった。…
 この当時、ソ連政府は、それまでの反ファシズムという方針を変更して、ヒトラー・ドイツと戦っているイギリス、フランスを「害悪」とまで言って批判する態度を取っている。コミンテルンも、この方針転換を各国共産党に押し付けていった。
 この態度は、ヒトラー・ドイツが昭和一六年(一九四一年)六月にソ連に侵攻するまで続いた。こうしたソ連共産党コミンテルンの態度が "反ファシズム" などと言えないことは明白である。(p40)