個人主義

『社会思想史事典』社会思想史学会 編 丸善出版

 個人主義は、19世紀フランスに生まれた概念で、フランス革命後に生じた社会現象を言い表すためにつくられた用語である。その後、個人主義についてはさまざまな議論がなされてきたが、ここでは主にフランスで歴史的概念として登場した当時の用法に焦点をあてて説明する。
 では、それ以前に個人主義はなかっただろうか。例えば、16世紀に「個人」が析出されたという議論がある。もともと中世社会には、国(中央政府)と人、神と人を媒介する種々の中間集団が存在した。家族、村落共同体、同業組合(ギルド)、教会等々。しかし宗教改革を一つの起点に、こうした中間集団はすでに弱体化し、独立した単位としての「個人」が登場したという。仮にその通りだとしても、その過程の頂点にフランス革命が生じたという理解は成り立つだろう。実際、旧体制の社会の構成原理を解体した革命の効果は劇的だった。それゆえ、その反動として、新しい社会に生まれた病状を診断する道具として「個人主義」という用語が発明されたのである。この事実を見落としてはならない。

●19世紀初頭の三つの用法

 個人主義が用いられた文脈とその意味は便宜上、政治的・経済的・文学的の三つに分類できる。
 (1) 個人主義に最初に注目したのは反革命保守主義者たちだった。ジョゼフ・ド・メーストル(1753-1821)やボナルド(1754-1840)、そして初期ラムネ(1782-1854)は、フランス革命によって生まれた個人の権利、これを擁護する自由主義が共同体の紐帯を解体すると論難した。彼らは当初個人主義という概念を用いることこそなかった――メーストルは晩年に同概念を会話で使ったとされる――が、「利己主義」や「孤立化」といった言葉を用いてその現象を批判した。彼らカトリック思想家にとって、それは政治版プロテスタンティズムでもあった。
 (2) 実際に個人主義という言葉を最初に用いたのは、サン=シモン主義者たちだった。彼らは、機関誌『生産者』(1826)において経済的自由主義を批判、「自分だけに従って考え行動する」極端な自由を個人主義と称して痛罵したのである。それは、孤立化と無秩序を生じさせ社会統合を破壊する。こうした議論は、フランス革命と18世紀の批判(啓蒙)哲学、さらに遡って宗教改革を批判した点で保守主義の議論と同根だが、普遍的な協同(アソシアシオン)を対置した点で独自だった。
 これに対して、個人主義を擁護したのが当時のリベラルである。バンジャマン・コンスタン(1767-1830)は、個人は意見や信仰を誰に強制されることもなく、「自らの能力をできるかぎり発達させる」ことが当然に認められるべきだとし、それに相応しい政治システムの必要を主張した。またコンスタンは、ある学派によれば、モノの開発を目的にしない哲学は無意味で、(個人の権利の)政治的保障は無駄だとされると断じ、サン=シモン主義者を暗に論難した。
 (3) フランス革命への反動で用いられるようになった個人主義の否定的なニュアンスは19世紀を通じて色濃く残るが、その中にあってそれを積極的意味で用いる用法も存在した。その際、しばしば「個性」と互換的に用いられた。ヴィクトル・ユゴー(1802-85)などのロマン派作家がドイツ・ロマン主義に淵源があるとされる同概念を用いて、個人の多様性や独創性の発揮を称揚したのである。またコンスタンも、批判者の息のかかった個人主義の概念ではなく、「個性」を専制と呼ばれる権威主義に対置して用いたことは特筆に値する。
 社会主義者の中でも、早くからこの点に目を向けていた思想家がいる。ピエール・ルルー(1797-1871)は、論説「個人主義社会主義」(1833)の中で、イギリス由来の(経済的)個人主義とともに、個人を抑圧する「絶対的社会主義」を退け、「個性」を救い出すような種類の社会主義を構想しようとしたのだった。(p280)