武漢三鎮陥落、日中戦争はここで終わっていた

『「日中戦争」は侵略ではなかった』黄文雄 ワック文庫

 このように、一九三七年七月七日の盧溝橋事件で始まった日中戦争は、十六ヵ月目の三八年十月二十七日の武漢三鎮(武昌、漢口、漢陽)陥落で終結したといえる。
 もちろん「大勢」が決まったというだけで、日中間に和平が成立したわけではない。ただ、それから一九四五年の日本の敗戦までは、重慶政府と延安政府の抵抗運動、そして外国の支援を受ける各地の政府間抗争が主流になったということだ。
 この十六ヵ月の間、中国軍の遺棄死体は八十二万三千二百九十六体、その他の戦死・戦傷者を加えると、中国軍は約二百万人もの損害を出している。一方、ほぼ同時期の統計では日本軍の戦死者数は四十三万七千百三十二人との数値が公表されている。(p158)