南京大虐殺事件を創作したものは誰か

『改訂版 大東亜解放戦争 下巻』岩間弘

 南京大虐殺事件という言葉が初めて日本人の目に耳に飛び込んで来たのは、東京裁判が始まってからであった事は前述の通りである。そもそもそれ迄はその様な事が南京で行われたという事は全く人の口に上らなかったし、あるとも思わなかったのである。
 日本ばかりでなく支那でも全く問題にならなかったのである。その証拠に蒋介石も、毛沢東も汪精衛も抗議したとか、発言したとか、ということは全く無かったのである。…
 では何故、南京虐殺が急に浮上したのであろうか。それは一言で言うならアメリカが広島と長崎に原爆を投下して合わせて三十万人の人々を残虐爆殺死傷させた事から目を逸らせる為に南京大虐殺があった事としてデッチ上げて、その人数を三十万とほぼ同数にして、虐殺を創作することを支那側に働きかけて「創ったお話」であると私は思う。
 そしてこの創作を働きかけたことが事実であったとしてもアメリカ(或いはマッカーサー)はその様な事は極秘の最重要の秘として絶対に洩れない様にするであろうから、推測する外ないが、昭和二十年十二月八日を期して「太平洋戦争史」を全国の新聞紙上に発表させたという事は、何かの記念日に合わせていやがらせ行動をとることを考えれば、アメリカ(或いはマッカーサー)の謀略であることは明白である。
 この事は東京裁判のインドのパール判事も推測していたのではないかと思われる節がある。パール判事は松井石根大将が南京事件でその罪を問われた時に、アメリカの広島・長崎への原爆投下を取り上げて反論したのを見ても判る。南京虐殺と原爆投下は本来関係ないものである。田中正明著「パール博士の日本無罪論」には次のように記述されている。

 一、パール博士はきわめて冷静に、注意深く、これらの証拠と証言に耳をかたむけた。博士はこれらの証拠及び証言の多くが、伝聞証拠であり、連合国側の現地における一方的な聴取書であることを指摘したのち、次の様に述べている。(中略)
 一、当時、病気中であった松井大将は、東京から百四十哩離れた蘇州において、参謀と協議のうえ病床でこれ(南京攻略命令)を決裁した。(中略)
 一、松井大将は全軍に対し「南京は中国の首都である。これが攻略は世界的事件である故に、慎重に研究して日本の名誉を一層発揮し、中国民衆の信頼を増すようにせよ」……(中略)
 一、前記の訓令と同時に「南京城の攻略及び入城に関する注意事項」が伝達された。其れには軍紀・風紀の厳正を伝え、外国の権益を犯したもの、略奪行為や火を失する者は厳重に処罰すべしと命じた。
 一、一、一、中略

 ……すなわち、ここにいる二十五名の被告らが、ある特定の個人または軍隊にたいして、残虐行為を命令し、授権し、許可したときにおいてのみ、その罪は彼らに及ぶのである。はたして二十五名の被告において、その様な事実があったかどうか。博士はそのような事実を裏づける証拠も材料も記録もまったくない。(p116)


 一瞬にして老若男女の差別なく、幾十万の非戦闘員を殺戮し、一本の木、一軒の家も立っていることを許さない原子爆弾の投下を命令し、授権し、許可した者に対する処断はいったいどうするのか。ウェッブ裁判長は、この裁判は、敗戦国日本を裁く裁判で、連合国側の責任に関する問題は一切とりあげないとし、このような人道上の重大問題を含めて、弁護団側の言い分はすべて却下された。この不公正なる裁判に対して、パール博士は沈痛な怒りをこめて、次のように述べている。
 「かような新兵器の使用に対する世人の感情の激発というものが不合理なものであり、単に感傷的なものと言えるかどうか。また国民全体の戦争遂行の意志を粉砕することをもって勝利を得る手段として行った無差別殺戮が、法にかなったものであるかどうか。本裁判ではこれを却下しているが、これは第二次大戦を通じての最大の課題である。否、この原子爆弾の出現は、将来の人類の運命に関する非常に重大な問題を含んでいる。国際軍事裁判と銘打ったこの裁判において、これを取り上げないというなら、その判決は、歴史が下す以外にないであろう。原子爆弾は、戦争の性質及び軍事目的遂行のための合法的手段に対する根本的な変化をもたらしたものとして、人類はこれを銘記すべきであろう」…
 パール博士が南京大虐殺があったとするアメリカの諭告に対して、アメリカの原爆投下を反証に持ち出して強く反対したことは、アメリカが南京大虐殺なるものをデッチ上げたものであることを、そしてそれは原爆投下の罪悪を隠蔽しようとする陰謀であることを、暗に指摘したのではないかと思われる。
 最初からそのつもりで、「虚偽、狂言」を並べて来るものに「正論」を言っても、また虚偽で答えるに違いなく「私は嘘を言っていました」等と謝る筈もないことであるから、それに対抗する為に原爆投下を持ち出したものと思われる。
 南京大虐殺説は原爆投下の残虐性を隠蔽しようとするものであるから、逆にその原爆投下を持ち出すことによって、パール博士は、南京大虐殺が行われたという事実を否定したのである。
 パール博士はこの判決文の最後に記述した「第七部、勧告」の冒頭に、「以上述べてきた理由に基づいて、本官は各被告はすべて起訴状中の各起訴事実全部につき、無罪と決定されなければならず、またこれらの起訴事実の全部から免除されるべきであると強く主張するものである」と述べている。
 マッカーサー司令部および連合国政府は、この判決文が、日本人の目にふれることを極度に恐れた。なぜなら、それは "真理の声" であるからだ。真理は亡び去るものではない。(p120)