事後法禁止の原理

『パール判事の日本無罪論』田中正明 小学館文庫

 法治社会の原則は何かといえば、「法律なければ刑罰なし」ということである。この原則を生んだ源は、フランス革命に発した人権宣言である。いまでは、世界各国のあらゆる憲法が、法によるにあらざれば、人民を逮捕したり、拘禁したり、処罰することはできないと規定している。同時に、言論・集会等の自由を保障している。これらはすべて、人権宣言の原則を採用しているのである。
 人権宣言のもっとも根本的な原理は、つぎのことばで表現されている。
 「なに人といえども、犯罪の前に制定せられ、かつ公布せられ、そして適法に適用せられた法律によるにあらざれば、処罰せられることなし」
 この人権宣言の中に、はっきりと、先に指摘した「事後法禁止の原理」と「罪刑法定主義の原理」とがうたわれているのである。この二大原則は、およそ近代法律学の基礎をなすものである。同時にこれこそ、近代から現代を貫く民主主義の根本原則であり、これなくして、現代文明を考えることは、およそ不可能である。(p68)


 国際法に準拠せずして裁いた東京裁判、新たにチャーターを制定し、この拡大解釈によって法の不遡及を侵した東京裁判こそ、およそ文明に背馳した裁判といわなければならぬ。
 パール博士はつぎのように述べている。
 「既存の法がないならば、犯罪の処罰はあり得ないということは、それが国際法であると国内法であるとにかかわりなく、すべて法の基本原則である。『法律ノナキトコロ犯罪ナク、法律ノナキトコロ刑罰ナシ』、また『遡及的ナル』処罰は、すべての文明国の法律に反するものであり、主張されている犯罪行為が行なわれた当時においては、どんな主権国も侵略戦争を指して、犯罪であると決めていなかったし、侵略戦争を定義した成文法はなんら存在せず、かような戦争を遂行したことに対する処罰は規定されておらず、また違反者を裁判に付し、かつ処罰するための裁判所も設立されていなかった」
 かくして、日本のA級戦犯は、法律によらずして逮捕され、拘禁され、処罰されたのであって、明らかに罪刑法定主義を蹂躙したものであり、人権を踏みにじったものである。文明に対する冒瀆といわざるを得ない。(p69)