戦争は法の圏外にある

『パール判事の日本無罪論』田中正明 小学館文庫

 戦争は法の圏外にある

 さて、ここで、いちばん問題になるのは、一九二八年八月に締結されたパリ条約である。
 パリ条約は、その首唱者の名をとって、通称ケロッグ・ブリアン条約と呼ばれている。この条約を検察側は金科玉条としており、博士ももちろん、これを重視している。そこで博士は、その全文を掲載し、成立の経緯から内容の検討にいたるまで詳細をきわめている。
 この条約は、前文と三ヵ条より成り、一九二八年八月二十七日に調印された。その第一条と第二条には、明らかに戦争行為の否定が明文化され、国家の政策の手段としての戦争の放棄がうたわれた。すなわち、

 第一条 締約国は国際紛争解決のため戦争に訴うることを非として、かつ、その相互関係において、国家の政策の手段として、戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する。
 第二条 締約国は相互間に起こることあるべき一切の紛争または紛議は、その性質、または起因の如何を問わず、平和的手段によるのほか、これが処理または解決を求めざることを約す。

 日本の平和憲法を想起させるまことに立派な条約である。戦争放棄が条約によってうたわれたのは、実に、人類史上これが初めてなのである。
 これより先、一九二四年にジュネーブ議定書というのがあった。第一次大戦後、全世界があげて平和を希求している際でもあり、戦争の恐ろしさ、無意味さが、いやというほど身にこたえているときでもあった。このジュネーブ議定書には、その前文において、「侵略戦争は国際犯罪である」と規定した。同時に、国家の安全と矛盾しないかぎりにおいて、各締約国は最小限度に軍備を縮小すること、および各締約国は、共同行動によって、侵略者に対抗することを主張した。ところが各国がこの議定書の批准を拒んだため、ついに不成立に終わり、法的効力を生ずるにいたらなかった。ケロッグ・ブリアン条約はこのような背景のもとに提示されたのである。
 ということは何を意味するか。というと、あらゆる国際紛争を、戦争手段によらないで、平和的に解決するという趣旨には異論ないが、戦争が国際犯罪であると規定すること、または自衛権までも認めないというようなことには、各国とも不同意である、ということが前提となっているのである。そこで、米国務長官ケロッグ・仏外相ブリアンの両氏は、ことさらにこの二点を避けて、ただ戦争放棄の条項のみにとどめ、戦争犯罪自衛権の問題を回避したのである。
 当時、締約国はいずれも、この条約によって、自衛権を失うものではない、と主張した。ただ何が侵略で、何が自衛であるかの判定についての意見は、かならずしも一致せず、国際法学者の間にも、いまなお多様の論がある。当のケロッグ氏さえも「自衛権がどんな行為を含むかについては、各国みずから判断する特権を有する」と逃げるよりほかなかったのである。
 アメリカの上院では、この条約を批准するにあたって、「合衆国はみずから判断しなければならない……合衆国が自衛権を行使した場合、その判断が世界の他の各国によって是認されないかもしれないという危険をさえ冒さねばならぬ」といった付帯条件をつけている。フランスも「一国家の自存権と他国の権利を尊重すべき同国の義務とが衝突したときは、自存権は義務を無効のものとする。人間は自己を犠牲にする自由を持っているかもしれない。しかし、一国の運命をゆだねられている政府として、国家を犠牲にすることは断じて許されない」と声明した。
 こうなってくると、正当な戦争と、不正な戦争との区別は、各国の判断にゆだねるというような格好となり、はなはだ主観的で、曖昧なものとなった。そして、今日なお、自衛権の問題は、主権国家の主観にゆだねられており、第二次大戦後の国際連合においてすら、国際連合憲章第五十一条によってこれを認めている。
 一方、パリ条約は、その違反者に対して、なんら法的制裁の規定を設けていない。戦争手段に訴えたものは、国際的刑罰を受けるとも、国内または国際裁判所によって裁かれるとも規定してない。また、締約以後、各国とも、戦争が犯罪行為であるというような行動も教育も、いっこうに行なわれずに、第二次大戦を迎えたのである。
 ともあれ、パール博士は、この問題に関してつぎのような判定を下している。
 「本官自身の見解では、国際社会において、戦争は従来と同様に、法の圏外にあって、その戦争のやり方だけが法の圏内に導き入れられてきたものといわざるを得ない。パリ条約は法の範囲内には全然入らない。したがって一交戦国の法的立場、あるいは交戦状態より派生する法律的諸問題に関しては、なんら変化をもたらさなかったと判断する」
 たしかに、パリ条約を含めて、戦争は罪悪である、戦争は放棄すべきだ、という国際的宣言や声明がいくたびか発せられている。検察側はこの事実をとらえて、これは国際慣習法の発生として受け取ることができるといっている。だが、これに対しても博士は、「慣習法は宣言だけで発達するものではない。何度も繰り返して行なわれた宣言は、せいぜいそのような宣言をする慣習をつくったにとどまる」と皮肉っている。
 またある人はいう。人類の共通的ないし普遍的な良心の要求こそは、人間の良心によって表明され、それによって、たとい成文法規の存在しない場合であっても、自然法はすべての文明国を全般的に拘束するものである。したがって、戦争犯罪自然法によって裁くべきものである、と。しかし、博士はこれに対して「たしかに自然法の原理の実現こそ、立法の目的でなければならないという主張はまったく正しい。しかし、この原理がそのまま実定法として認められなければならないという主張が、果たして一般の容認するところとなるであろうか」といっているのである。
 ともかく、このようにして、戦争が犯罪であるという法律は、遺憾ながら、現行の国際法のどこにもこれを見出すことはできないのである。パール博士が、東京裁判の全員は無罪である、否、東京裁判そのものが無効である、と主張するもっとも大きな理由の一つはここにあるのである。なぜなら「法のないところに刑罰はなく、法のないところに裁判はない」からである。(p47)