ニャー太郎のブログ

休止中。2020年11月13日。

絶対主義の時代

戦争と平和の法』大沼保昭

 グロティウスにおける「自然法の世俗化」の意義――法の宗教からの原理的自立と内容的依拠――

 しかし、グロティウスによる法の宗教からの自立は、けっして法と宗教との断絶、法的思惟における宗教的要素の排除を意味したわけではない。事態は逆である。
 グロティウスが『戦争と平和の法』を著したとき、ヨーロッパは新旧両派に分れて宗教戦争を戦っていたとはいえ、けっして脱キリスト教化されていたわけではない。圧倒的多数の者は依然として敬虔なキリスト教徒であった。戦争の主たる決断権者たる君主にとって、悪しきキリスト教徒という世評は、現実政治的観点からみても可能なかぎり避けなければならぬものだった。そのような君主は、戦争の際、同盟者としてあるいは指揮下にはいって共に戦ってくれる諸侯、貴族、騎士の支持、協力を得るうえで重大な困難に逢着したからである。
 『戦争と平和の法』が著された一七世紀は、ヨーロッパ史上いわゆる絶対主義の時代にあたるが、これらの絶対主義君主はけっして「絶対」権力を有していたわけではない。事態は逆であり、彼らは、大諸侯、教会権力、地方の自立的権力の支持をとりつけるのに兢兢とし、多元的な政治権力の微妙な均衡のうえに細心の注意を払って統治を進めたのである。これらの君主やそのイデオローグたちが、君主権力の絶対性を主張しつつも、他方で、その権力が神の法に従うものであり、君主自身、敬虔なキリスト教徒であることを繰り返し主張したことは、今日十分明らかにされている。「朕は国家なり」という象徴的な言葉によって一般に絶対主義君主の典型とみられているルイ十四世ですら、まさにみずからが神の代理人であるがゆえに、神には従わなければならなかったのである。
 『戦争と平和の法』は右のような歴史的現実のなかで、それを十分意識しつつ著されたものである。カッシーラーが強調するように、神の存在如何にかかわらず自然法は妥当するという言葉は、その意味でまったく仮言的なものにすぎない。グロティウスは新旧両派の対立を超克するため、たしかに法を宗教から自立させた。他面において、一六〇〇年の永きにわたるキリスト教の精神的支配の重みを取り込んで、脱宗教化されたものの、依然としてキリスト教精神に規定された規範内容を説き続けた。この綱渡り的な営為を一貫したのが、『戦争と平和の法』にほかならない。(p130)