近代憲法の定着と特徴

憲法辻村みよ子

 一八世紀末のフランス人権宣言は、その後「世界を一周した」といわれるほど多くの国に影響を与え、また、イギリス・アメリカ・フランスで確立された近代憲法の基本原理が、一九世紀にかけて自由主義的な近代立憲主義を定着させていった。それはなにより近代憲法で確立された経済的自由権を中心とする人権保障が、ブルジョワジーが推進しようとしていた資本主義の要請に適合し、また、硬性憲法による法的安定性と予測可能性の保障が市民社会の展開にとって不可欠であったからである。(p24)


 しかし、反面、近代憲法の定着には必然的な限界が伴っていた。まず、第一に、経済・社会的には、近代憲法の基礎であった資本主義経済自体が構造的に変化し、その限界が現れた。産業資本主義から独占資本主義、国家独占資本主義への移行によって、近代憲法が前提としていた市民の等質性が否定され、社会経済的な不平等が固定された。近代市民社会の「光」の裏面に存在した「陰」の部分が、一九世紀における労働者の困窮や生活条件の劣悪さ等によって明らかとなり、これに対する対応が不可避となった。そこで第二に、社会主義思想の展開に伴って、労働者たちが自己の隷属性を自覚するようになり、無産階級が成立した。このような担い手の形成により、従来の無制約的な経済的自由権の保障や参政権の制限などが批判され、イギリスでの選挙法改革運動やアメリカでの奴隷解放運動が展開された。また、第三に、法理論的にも、近代市民憲法が前提としていた自然法理論の限界(実証不可能性など)が批判され、実証主義理論がしだいに優勢になった。(p25)