ナチスの魔女観

『魔女とキリスト教』上山安敏 講談社学術文庫

 魔女のとらえ方は、魔女観念が民衆の中に信仰として生き、民衆文化を支えるという面と、教会エリートや世俗官憲によって体系化された、異端としての魔女という二重になっている。魔女裁判とはその意味で、民衆の伝統的魔女観念と、学識となった魔女観念(悪魔崇拝)が対決し、前者が後者の体系に組み入れられるという図式で示される。
 一九三〇年代にナチス魔女裁判を調査したさいも、そうした二重構造を明確にうち出している。一九三五年にヒトラーの指導で秘密情報機関(SD)に「魔女特別班」が編成され、後に帝国治安中央局に編入されたが、一九四四年までの調査記録が保持されている。これは恐らく、ナチスが魔女問題を、フリーメーソンユダヤ人問題とともに政治的に重要な事件と見ていた証拠になる。
 ナチスの魔女調査の意図は、古いゲルマンの民族信仰を調査し、反キリスト教プロパガンダのために魔女裁判の記録を利用しようとしたのである。ナチスは、キリスト教の魔女妄想とゲルマンの伝統的魔術との対立として裁判をとらえた。ゲルマンの魔術的力の根源を太陽崇拝に求め、それが小アジア地中海世界の呪術とは基本的に違っていることを強調した。ナチスの神話観を表現したローゼンベルクの『二十世紀の神話』では、アーリア民族の魂が小アジア地中海世界の「母権制」や「地母神信仰」と全く無縁であるばかりか、敵対的なものであることが表明されていた。
 ナチスの魔女観は矛盾していた。ナチス魔女裁判の中から「祖先の遺産」を求める意図をもつと同時に、魔術は迷信として生活の合理化の中で撲滅されねばならないとする脱魔術化の意図ももっていたからである。しかしいずれにしてもナチスの魔女観は、キリスト教によってアーリア民族の「祖先の遺産」が抑圧されたという考え方を核にしていた。
 ナチスのこうした魔女観は、反キリスト教的宗教政策とマッチしたものであった。この点はナチスの法律観も同じである。ナチスは民族法としてゲルマン法を謳い、従来のエリート法学であったローマ法は外国から入ってきた非民族法であるとして排斥し、政治綱領にもそのように謳った。エリート法学であるローマ法対民族法としてのゲルマン法という対立の図式は、キリスト教対「民族の遺産としての魔女信仰」という図式とぴったり重なる。エリート法の学識者とキリスト教神学者は、一五世紀以降の魔女狩りの理論をつくりあげるために二人三脚の働きをしている。しかも民族法の語り部は、三月革命前期のナショナリズムの高まりの中で登場したゲルマニステンの一人、ヤーコプ・グリムであり、その『ドイツ神話学』であったのだ。この作品をナチスが利用したとしても不思議ではない。(p321)