ニャー太郎のブログ

休止中。2020年11月13日。

ナチスはロハスだった

ナチスの発明』武田知弘

 ナチスロハスだった

 自然を愛したナチス

 ヒトラーが菜食主義だったことは広く知られている。たまに肉を口にすることもあったようだが、菜食が中心だったことは確かである。ヒトラーが菜食主義になったのは、動物を食べることに抵抗を感じていたとも、消火器官が弱かったためともいわれている。
 ヒトラーに限らずナチス幹部には、菜食主義者が多かった。親衛隊長官のヒムラー、副総統のルドルフ・ヘスもそうである。また、菜食主義には関係ないが、国家元帥ゲーリングは、動物が可哀想だからとの理由で、動物実験を禁止したりもしている。
 ナチスには自然回帰主義者が多かったのである。
 1935年、ヒトラーが政権をとって2年目、「帝国自然保護法」という法律が公布された。この法律には、次のようなことが書かれている。
 「森や野原の自然はドイツ民族の喜びであり大事な保養地である。ドイツの自然は経済的必要により破壊されてきたが、それが今、本質的な経済的損失になっている。我々は本質的な視野を持って、自然保護をしなければならない。そして、ドイツ帝国政府はもっとも貧しい国民でさえドイツの自然の恩恵に浴さなければならない」
 27条からなるこの法律は、天然記念物の設定、自然保護の領域、自然保護局の設置などを定めている。(p140)


 農業の分野でもドイツの発想は、時代を先取りしていたのだ。
 ナチスの目指した自然農法の支持者の一人が、ナチス親衛隊の長官ハインリヒ・ヒムラーである。
 ヒムラーには農業の経験があった。ミュンヘン大学で農学士号を取得し、化学肥料会社に入社。しかし、すぐに辞めミュンヘン郊外で養鶏をしようとして失敗したという経歴を持っている。
 「ゲルマン・ドイツ人にとって自然とのつきあいは、深遠なる生命の欲求なのだ。農場と菜園、植民地、耕地、景観の調和した像こそが、その民族の本質のしるしなのだ」
 ヒムラーは少し精神世界めいた自然回帰思想を持っていた。
 ナチスがヨーロッパの大半を占領下においた1941年、ヒムラーは部下に次のような手紙を送っている。
 「我々は化学肥料について熟知していないにもかかわらず、これを40年間使ってきた。食料供給の心配をする必要がなくなった今こそ、我々は、化学肥料が長期的にみて土地や食物にどんな影響を与えるのかを研究しなければならない」(p143)