グローバルな立憲主義

『岩波講座 憲法5 グローバル化憲法』阪口正二郎 編

 国境を超える立憲主義の可能性  篠田英朗

 立憲主義(constitutionalism)とは、多義的な言葉である。しかしそれは必ずしも不思議なことでない。民主主義や、自由主義といった、他の政治的な思想体系も同様に、曖昧な性格を持つ。様々なイデオロギーが多様な様相を呈しながらうごめく人間臭い政治的社会の現実の中で、もろもろの政治的価値体系は、複雑な発展を遂げてきたのである。
 おそらく立憲主義が異なっているのは、それが「政治的」な概念としてだけでは規定できないからだろう。むしろそれは多くの場合、憲法を中心とする領域で語られる「法的」な概念であるとみなされている。しかし「主義(ism)」としてくくられるものが、純粋に「法的」であるはずはない。それが仮に伝統的には政治学においてよりも法学において多く語られてきた「主義」であるとしても、決定的に「政治的」な性格を持つ概念であることに、変わりはない。確かにたとえば「実定法主義」のように、ある種の法学上の「学派」を指すような「主義」もありうる。しかし「立憲主義」は、そのような学派区分を意味する概念ではない。「主義」とは、人間社会において一つの価値体系を支持する立場のことを示しており、「立憲主義」とは「立憲的」な原理にもとづく価値体系を支持する「政治的」立場のことを意味している。
 それでは「立憲的」な原理にもとづく価値体系とは、どのようなものだろうか。一般に、立憲主義には、権力を制限する、という含意がある。憲法という法規範が政治権力を縛るという構図が、典型的な立憲主義のイメージである。したがってそこでは「法の支配(rule of law)」という概念が、立憲主義と密接不可分のものとして、語られることになる。法が人を支配する、あるいは、法が人を規制する、というイメージが、立憲主義の基本的な構図を表現する。(p100)


 たとえば著名な国際法学者であるリチャード・フォークらは、「グローバルな立憲主義」を、「世界秩序価値の実現に向けられた変形力のある政治を導き出すように設定された超国家的な規範、規則、手続き、制度の一式」であると定義した。そしてこの「世界秩序価値」とは、諸国家、国際組織、非政府組織の三つの階層の全てに関わると付記された。フォークらが語る「グローバルな立憲主義」は、世界大の秩序を全体的に射程に入れた立憲主義の構造である。これは憲法学者が語る、法規範によって国家権力を制限する立場をとる「国制」を持つ国家の数の増加という意味での「立憲主義グローバル化」とは、全く異なる内容を持っている。もちろんフォークらが国際法学者の大多数の意見を代表しているわけではない。伝統的な国際法の体系は、国家間関係によって成立している。しかしそれにもかかわらず、国際社会全体を扱うことに慣れている国際法学者たちが、「グローバルな立憲主義」の概念を、フォークらの唱える方向性で捉えることは、むしろ自然なことであろう。(p102)