ジェンダー中立化

『岩波講座 憲法3 ネーションと市民』杉田敦

 フェミニズム憲法  中里見博

 家長個人主義と近代憲法

 また、近代憲法やそれを支える個人主義哲学が女性を排除してきたという常識的な理解を一歩進めて、女性の排除こそが近代憲法の基本構造や思想を「つくり出した」のではないか、という視点を生む。(p192)


 近代初期の憲法は、家族に関する条項を持たない。家族を非-法化、非-政治化したという意味で、近代憲法も家族に関する公私二元制の上に成り立ったということができる。しかし、近代憲法と性支配との関係は、近代法一般の場合ほど明確ではない。女性の従属は、家族法や刑法などの下位法においては明示的に組み込まれたが、憲法上の法的表現は抽象化されジェンダー中立化されるからである。したがって、男/女の階層制的差異化や女性のあからさまな従属ではなく、女性の排除ないし不在が憲法にとって持つ意味を問うことになる。(p196)


 戦後、日本社会は、「個人の尊厳を核とする人権体系と、諸個人の自己決定を前提とする社会運営を意味するものとしての国民主権原理」を定めた日本国憲法を持った。…
 戦前の女性の公的/私的従属は否定され、憲法規範上は、公的/私的平等が定められた。これを受けて家族法も「当時、世界で最も平等の進んだ立法」と評されるほど男女平等なものとなり、西欧では一九七〇年代までかかった家族における夫権の否定が達成された。
 ところが、それにもかかわらず、新憲法の下の戦後日本社会に成立したのは、紛れもなく男/女が階層制的に差異化された男性支配社会であった。(p199)


 本稿のライトモチーフは、女性の排除、不在、従属や男女の階層制的差異化を、単に近代憲法が取り込んだというような消極的な理解ではなく、それらが近代憲法の基本原理や基本思想をつくり出した、という能動性において理解しようというところにあった。憲法にとってジェンダー問題がそのようなものであるとしたら、それは憲法学にとっても本質的な重要性を持つことになる。(p212)