「慰安所の帳場人の日記」は何を物語るか

「 「慰安所の帳場人の日記」は何を物語るか 」  櫻井よしこ
https://yoshiko-sakurai.jp/2017/12/14/7180

 それでも崔氏の著作は、当時、慰安所がどのように位置づけられていたのか、どんな人々が関わっていたのかを、教えてくれる。過去の事象に現代の価値観や見方を当てはめるのではなく、帳場人だった朴氏の視線を通じて当時の事実を見せてくれる。朴氏は1942年7月に釜山からビルマのラングーンに向かう船上にいた。第4次慰安団の一員だったのだ。同じ船に、高額の貯金を残したことが日本でも知られている慰安婦の文玉珠氏も乗っていた。
 ラングーン到着後、朴氏は暫くして慰安所で働き始める。11月にはアキャブという所に移動しているが、この地にあるシットウェーという港は、近年中国が巨額の資金を投じて整備し、中国海軍が拠点としている。年が変わった43年、氏は再びラングーンに戻り、その後幾つもの市や町を移動した。慰安所は1カ所に定着して営業することはあまりないのだと実感する。
 各地を移動し、43年の9月末にはシンガポールに移り、朴氏は翌年の44年12月に故郷に戻った。
 その間に朴氏は自分や同僚のために、また慰安婦の女性のためにも驚く程の送金をしている。たとえばビルマに戻って日も浅い43年1月16日、朴氏は慰安所経営者の山本龍宅氏から3万2000円を故郷の家族に送金するよう指示されたと書いている。実はこの山本氏は、朴氏の妻の兄弟である。朴氏の働いた慰安所は同胞が経営していたのだ。朴氏の日記には慰安所経営者として多くの日本名が登場するが、人間関係を辿っていくと、その多くが朝鮮人だと崔氏は指摘する。


 朴氏が、妻の兄弟から送金を頼まれた3万2000円は現在の貨幣価値ではどのくらいなのか。崔氏は当時の公務員の給与を75円、それがいま約20万円として計算した。3万2000円は現在8530万円になる。
 「実に、1億円近い大金が、行き来していたわけである」と崔氏は驚いているが、朴氏が朝鮮の家族や自分の口座に送金した中に、1万円台、2万円台、3万円台の額が目につく。1億円近い額を2年の間に数回送金できた程、慰安所経営は利益が上がったということだ。
 他の多くの慰安所でも同じような状況があったはずだ。女性たちも高額の収入を手にし、経営者は慰安所を営み、時にはそれ自体を売買していた。
 わずかだが、慰安所での生活も紹介されている。朴氏は公休日には映画をよく見たようだ。「たいていは同業者と一緒」だが、「時には慰安婦たちや仲居などと一緒」だった。「鉄道部隊で映画があり、慰安婦たちが見てきた」という記述もある。
 朴氏の日記を精読した崔氏が結論づけている。そこには慰安婦の強制連行に繋がるような言葉すらない、と。氏は、「性的被害をもって問題とすることは、どの国、どの民族でも可能だ」、従って「韓国が、セックスや貞操への倫理から相手を非難することは、韓国自身のことを語ることに繋が」る「いつか必ず本人に戻るブーメラン」だと強調する。韓国はそのような対日非難をただちに中止すべきだというのが氏の結論だ。私は同感だが、トランプ大統領との晩餐会に元慰安婦を招く政権の耳には、この直言は届かないのである。