偽りの吉田証言を世界に広めた朝日新聞

嫌韓道』山野車輪

 そもそも「従軍慰安婦」とは戦後に造られた言葉で、当時はただ「慰安婦」とだけ呼ばれていました。「従軍慰安婦」という言葉の初出は、『毎日新聞』の元記者だった千田夏光が一九七三年に上梓した『従軍慰安婦 "声なき女" 八万人の告発』(双葉社)とされています。おそらく「従軍」という言葉を加えることで、日本軍の関与を印象付けようとしたのでしょう。
 従軍慰安婦問題の発火点になったのは吉田清治の『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房)などでの、「軍の命令によって朝鮮半島慰安婦狩りを行なった」という嘘の証言でした。吉田清治の証言によって、単なる売春婦だった慰安婦に「強制連行」された「性奴隷」という「物語」が付加されたのです。
 この吉田証言は当初はあまり注目されませんでしたが、『朝日新聞』が吉田清治の虚言を「事実」として報道したことで、一般にも広く知られるようになったのです。(p186)


 二〇一四年八月五日、六日付の『朝日新聞』は、従軍慰安婦問題の検証記事を掲載しました。そして吉田証言について「虚偽の証言を見抜けませんでした」「再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした」として、これまでの「強制連行」に関する一連の記事が誤報であることを認めて取り消しました。さらに一九九一年八月一一日の「慰安婦が『女子挺身隊』として連行された」という記事についても誤りを認めました。
 しかし九〇年代半ばには吉田証言が虚偽であることも、慰安婦と挺身隊が無関係であることも全部分かっていたはずであり、遅きに失したといわざるを得ません。(p189)