吉見理論に追随?

慰安婦問題の決算』秦郁彦

 言論機関の代表格はほかならぬ『朝日』で、1992年1月11日、吉見義明中央大教授が、慰安所に軍が関与していたことを示す陸軍省の通達を見つけたと1面トップで報じる。国会答弁で厚生省が関与していないので資料がないと答えたのを、国が「偽証した」とこじつけたのである。しかも通達の対象は日本人業者と日本人慰安婦だったのに、第1面の大部分と社会面をつぶした関連記事では、主役が朝鮮人慰安婦にすりかわっていた。
 そして解説欄では「多くは朝鮮人女性」の見出しをつけ、「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は八万とも二十万とも」(傍点は筆者)と説明している。軍需工場に動員された女子挺身隊は慰安婦とは無関係、慰安婦の最多は日本人で、人数は私の計算では2万人前後だから、これほど誤報だらけの記事も珍しいが、翌12日付の社説は、同主旨の誤報をくり返したうえ、「歴史を直視し、過ちを率直に償おう」と呼びかけた。
 他の大新聞も追っかけ記事を書きまくり、16日に訪韓した宮沢首相は興奮したデモ隊に囲まれ、盧大統領へ8回もお詫びをくり返す。こうなると、次々に誘発される連鎖反応を制御するのは至難となり、本来なら「論ずるにも値しない」(ヘンリー・ストークス)些末な話題のはずが、たちまち巨大な政治的争点に昇格してしまう。
 こうした事態を苦々しい思いで眺めていたのは、韓国軍と米軍向けの慰安婦をかかえていた盧大統領だったかもしれない。そうだとすれば、『朝日』が吉田清治の詐話をふくむ訂正記事を出し、消化活動に転針していたら、局面はかなり変わった可能性がある。少なくとも「河野談話」の「すりあわせ」段階で、強制連行はなかったと政府を鞭撻すべきだったろう。
 筆者はその線で説得すべく社内をかけまわっていた記者を知っているが、『朝日』は河野氏もろとも慰安婦支援派の理論的リーダーである吉見教授と戦争責任資料センターの路線に追随することとなる。
 その吉見氏は時流を見ながら巧みに理論を修正していく。強制連行に見切りをつけると「狭義」と「広義」に分けた「強制性」の概念を導入、それも苦しくなると、慰安所の生活が性奴隷だったことが核心だと説くようになる。
 しかし強制連行説をまったく捨てたわけではなさそうで、「朝鮮、台湾では確認できない」が、「インドネシアなど他の地域ではあったかもしれない」し「未発見の証拠文書が出る可能性はある」と未練を捨てていない。(p56)