マルクス主義の近代批判

『脱成長』セルジュ・ラトゥーシュ

 生態学的制約を考察に入れることができないため、マルクス主義の近代批判は恐ろしい曖昧さを抱えている。マルクス主義は、資本主義経済を分析し、批判し、そして容赦なく非難するが、資本主義経済が解き放つ様々な力の増大を「生産的」と評価する。これらの力は自然や人類を破滅に追いやっているにも関わらず、だ(戦争産業は言うまでもない)。諸力の増大は、資本蓄積の観点から言えば、帝国主義、戦争、(生態学的危機を含めた)様々な危機をはじめ、労働者のプロレタリアート化、搾取、窮乏化などのあらゆる災禍の主犯格だとみなされているのに、生産・雇用・消費の観点からはほとんど良いことだらけと評価されている。この事実から、生産関係の変革(革命は生産関係において起こることが必要であり望ましい)は、生産手段の所有権の暴力的な転換、ならびに経済成長の果実の分配において権利を有する者の地位の暴力的な転換に還元される。そのため、経済成長の内容に難癖をつけることはできても、経済成長の原理を問い直すことはできない。(p80)