黄河決壊事件

大東亜戦争は、アメリカが悪い』鈴木敏明

 支那事変で起きた最大の悲劇は、南京虐殺事件ではありません、黄河決壊事件です。…
 日本軍の武漢三鎮への進撃を恐れた蒋介石は、六月七日に黄河河南省にある堤防を爆破、九日には鄭州にある堤防を爆破しました。鄭州にある堤防が爆破された時、たまたま居合わせた「タイム」誌特派員、ジャック・ベルデンは、その様子をつぎのように報じています。
 「人びとが息を殺して見守るなかを黄河の濁流が破壊され堤防にぶつかり、渦を巻き泡を立てて旧水路に流れ込み、と見るうちに突然恐ろしい唸り声を上げ、割れ目を引き裂いてどっと低地に広がり、荒れ狂って東の海の方に流れ去った」
 この堤防爆破によって一一の都市と四千の村が水没し、三省の農作物と農地が破壊され、水死者百万人、被害者六百万人といわれています。堤防決壊の後遺症は、後々まで続き、一九四二年(昭和十七)河南省旱魃に見舞われ大飢饉が発生、道端には凍死者と餓死者があふれ、飢民は屍肉を食べていたと報じられています。
 この堤防破壊で日本軍の武漢三鎮への進撃を阻止することができたのでしょうか。確かに日本軍は一時的に進撃を停止しなければなりませんでした。しかし進路を変更して、十月二十六日武漢三鎮を占領しています。漢口作戦発令からおよそ二ヵ月後です。黄河堤防決壊作戦は、南京虐殺事件とまったく比較にならない、空前絶後の惨劇をもたらしただけに終わりました。しかしだからといって蒋介石の地位は微動だにしません。責任問題に発展することさえもありませんでした。なぜか? 蒋介石は独裁者だからといわれればそれまでですが、私には二つの理由があると考えています。
 一つは、現在の中国政府を含んで中国の歴史を通じていえることは、人口が多いせいか貧しい一般市民の命が、あまりにも軽すぎるということです。中国史を通じて何百万単位の一般市民の犠牲者が出ることは決して珍しい現象ではありません。毛沢東は中国に共産主義政権を打ち立て、そしてその政権を維持するために一千万人以上の犠牲者をだしたといわれています。蒋介石は、「日本兵一人に対して、われわれは四人まで失っても大丈夫だ。五千万人を超えないかぎり、中国にとって人命の損失は問題ない」と語っています。こういう考えの持ち主だから、堤防決壊の死者百万人といっても平然としていられるのです。
 二つめの理由は、中国人は、中国人の同胞に対する残酷な仕打ちに非常に寛容だからです。アメリカのジョージ・スティルウェル中将は、中国の駐在武官だった時、「中国人が中国人に加える恐るべき不正義と残酷さは平気でながめているくせに、ひとたび外国人との揉め事が起こると、どの街角にも扇動的愛国者が現れ、外国人の抑圧と中国人の権利について騒々しく喚き立てる」と語っています。
 大東亜戦争後、現在の中国共産党政権が誕生して現在に至っているのですが、その共産党政権を誕生させるために、また誕生後はその政権を維持するために、数千万単位に中国人を殺してきました。その史実を中国国民の目からそらすためにも、日本軍の残虐行為を捏造し、宣伝し続けているのです。(p549)