イェドヴァブネ事件――ポーランド史の中の加害の歴史

ポーランドの歴史を知るための55章』渡辺克義 編著

 イェドヴァブネ事件の概要
 イェドヴァブネ事件とは、1941年7月にワルシャワの北東およそ130キロメートルに位置する小さな町、イェドヴァブネで起きたユダヤ人虐殺事件のことである。1939年の独ソによるポーランド分割の結果、イェドヴァブネは1941年6月までソ連占領下に置かれていた。1941年6月22日のドイツ軍のソ連侵攻によりドイツ占領下に入ると、間もなく散発的なユダヤ人迫害が始まる。7月に入ると周辺の町村で大規模なユダヤ人虐殺が起こる(7月5日ヴォンソシュ、7月7日ラジウフなど)。そして7月10日に起きたのがイェドヴァブネ事件である。(p189)


 なお、一連の過程では、その場にドイツ人がいた可能性はあるものの、表立っては登場しない。ちなみに、この日の犠牲者は、全て撲殺・刺殺・焼殺によるもので、ドイツ人が銃を発射する場面はなかった。以上がイェドヴァブネ事件の概要である。そして、この事件を生きのびたユダヤ人はごく僅かに過ぎない。(p190)


 この事件そのものは、以前から知られていたが、長年それはドイツ人の行為とされてきた。ところが、事件から半世紀以上経た2000年に、ドイツ人ではなく隣人であるポーランド人こそが事件を主導したのだというグロス著『隣人たち――ユダヤ人町の絶滅の歴史』が出版されて、多くのポーランド人にショックを与えた。(p190)


 イェドヴァブネ事件が大きな論議を呼んだのは、それがポーランド人の歴史意識を揺るがすものであったからである。歴史上長年外国の支配下におかれた結果、ポーランド人の中では、自分たちは外敵の暴力の罪のない被害者であり、同時に外敵に果敢に抵抗する英雄である、という歴史意識が強い。ところが、イェドヴァブネ事件では被害者とも英雄とも対極にある加害者としての過去が問われたのである。(p193)