蔣介石への打電

『我は苦難の道を行く 汪兆銘の真実 下巻』上坂冬子

 日本政府が南京の国民政府承認を閣議で決定するまさにその直前、すなわち一九四〇年(昭和十五年)十一月二十七日に汪兆銘がとった行動は、意外にも蔣介石にそれまでの経過と自ら還都に踏み切った決意を伝え、今後の協力を期待するという内容の打電であった。
 日本政府が承認する前に打電したというところに汪兆銘の誠意がこめられている。この段階で蔣介石に協力を願い出たのも、また汪兆銘愛国心の証左にちがいない。「致蔣石感電」を、女婿の何文傑が所有していた。内容のあらましは次のとおりである。

 重慶・蔣介石先生
 謹啓 華日基本条約の調整を完了しました。
 調印式に先立って、ふたたび貴方に最後の忠告をしたいと思います。今回の条約調印は中日提携、協力という基本精神の下に進めて参りました。これは孫文先生の遺訓であり、中日共栄、東亜復興へ通じる唯一の道であります。
 ただし、貴方がなお抗戦しつづけているために、中国国内は依然として戦争状態にあります。また戦争状態に伴っておきている不祥事も認めざるを得ません。全面和平が実現されないかぎり、国民はこのような苦痛から解放されないでしょう。
 兆銘は、もし貴方が二年前の艶電にご同意くださっていたなら、いまごろは戦後の秩序も回復し、国力も民力もとっくに増強されていたであろうと、これまで何度考えたことでしょう。もし、ご同意くださっていたなら、内では世相に合わせて政治を修正し、国家の根源を固めることもできたと思われます。さらに外では友邦と枢軸関係を結びあうことも実現していたと考えられます。少なくともこんにちのように腐敗した状態や、いまにいたるも落ちつくところのない状況からは救われていたにちがいありません。思えば心は痛むばかりです。
 もしいま、和平の回復と治安の確立がなされたなら、約束どおり撤兵を実施するよう私は日本に申し入れました。貴方が二度と遅延することなく、全国民に和平の回復と治安の確立のために全力投球する、と停戦宣言されるよう切望する次第です。兆銘は二年前の艶電以来、国運が日増しに危機に陥り民生がますます深刻になっていくのを痛感しております。
 そこで貴方の賛同を待っていられず、私は反対をふりきって毅然として和平、反共、建国の重責を担うことを決意しました。ただし一日も早く全面和平が実現できるよう、これまでどおり貴方の決断を期待しつづけている私の気持ちに変わりはありません。したがって和平運動が新たな段階に進むたびに、今後とも必ず私から貴方に一言ご連絡させていただくつもりでおります。
 どうか詳細はお察しください。その上で貴方の英断を下していただけるなら、これ以上の喜びはありません。
                       汪兆銘(p18)