排日を叫ぶ張作霖、学良父子

昭和維新田中健

 満洲における排日運動の原因は、日本の特殊権益を狙う米英の陰謀と、中国の民族主義を利用して勢力拡大を図る中国共産党の謀略が主なものであった。
 米英は、馬賊出身で満洲の支配者として君臨した張作霖の背後にあって、排日を煽動した。米英を後ろ盾とした張作霖は、「中国政府は満鉄と並行する鉄道敷設をしない」という事を盛り込んだ「日清満洲善後条約」を無視して、大正十四年(一九二五)九月、満鉄に並行する打通鉄道の敷設計画を発表した。
 昭和二年、陸海軍大元帥に就任するなど絶頂期にあった張作霖は、米英の後援によってますます中国皇帝の様な振る舞いをするようになり、遂には鉄道敷設のみならず、炭鉱など鉱山の採掘権の否認や鉱物の輸送制限をするとともに、付属地の買収までを禁止した。また二重課税を行うことによって、農林水産業や商業活動の妨害をもするようになった。(p85)