平和のための戦争

『誇りと抵抗』アルンダティ・ロイ

 合衆国はこれほどひどい過去を生き抜いてきて、よくも愛らしくほほえんでいられるものだ。罪を認めもせず、贖いもせず、アフリカ系アメリカ人や先住アメリカ人に謝りもせず、それにもちろんやり方も改めもせず(いまではその残虐さを輸出までしている)。…
 一般に流布している神話のベストセラー、 "善良なるアメリカ" 神話は第二次世界大戦(またの名を、ファシズムにたいするアメリカの戦争)でピークを迎えた。…
 そのもっとも残虐な行為は、騒々しい讃美の叫びにかき消された。それは古今未曾有の残虐行為。広島と長崎の一般市民に原子爆弾を投下したこと。戦争は終わりかけていた。殺された数十万の日本人も、孫子の代まで癌に苦しむ数多くの被爆者も、世界平和を脅かす存在ではなかった。彼らは一般市民だった。世界貿易センターペンタゴンで犠牲になったのが一般市民だったように。合衆国主導の制裁行為によってイラクで死んだ数十万の人びとが一般市民だったように。広島と長崎の爆撃は、アメリカの力を誇示するための冷酷で計算された実験だった。当時、トルーマン大統領はこれを「歴史上もっとも偉大な出来事」と評した。(p75)


 第二次世界大戦は "平和のための戦争" で、原子爆弾は "平和の武器" だと言われている。わたしたちは、核の抑止力が第三次世界大戦を予防しているのだ、と信じ込まされてきた("先制攻撃戦略" を掲げてジョージ・ブッシュ・ジュニア大統領が登場するまでは)。
 それでは第二次大戦後に平和が大流行しただろうか? たしかにヨーロッパとアメリカは(比較的)平和だった――だが、それを世界平和とみなせるだろうか? 有色人種(チンク、ニガー、ディンク、ワグ、グーク〔いずれも中国人や黒人、ヴェトナム人、アラブ系、アジア系などの蔑称〕)が住む土地で戦われた野蛮な代理戦争を戦争とみなさないなら、それを世界平和とみなせるわけがない。…
 一九八〇年代、一〇〇万人以上が殺されたアフガニスタン内戦にアメリカが関与したことも、忘れてはならない。通商停止や制裁によって、直接的あるいは間接的に数十万の人びとが亡くなったことも、リストに載せるべきだ。イラクではとくにそれが顕著だった。こうやって見てくると、第三次大戦は起きており、アメリカ合衆国がその旗頭だった(いまだに)と思えてならない。(p77)