フィリピン奪回は必要だったのだろうか

アメリカに問う大東亜戦争の責任』長谷川熙

 大東亜戦争初期にフィリピンは日本軍に占領され、その際にマッカーサー司令官は、マニラ湾口の要塞コレヒドール島から魚雷艇でフィリピン南部のミンダナオ島まで脱出し、そこまで迎えにきたオーストラリア機でオーストラリアへ飛んだ。ワシントンの米中枢部からの指令もあり、日本軍の捕虜になることを避けたようだが、その経緯からフィリピン奪回こそがこの軍人の戦争中の大目標となった。それが達成されなかったら、自分の軍人としての面目が立たないと思った。ずっと後にだが、少年は『マッカーサー回想記〈上〉〈下〉』(昭和三九年一〇月・朝日新聞社発行・津島一夫訳)を読み、そのことがよく分かった。フィリピンを再び手中にしなくても軍事的には米側の日本攻略は十分に可能だったと思われるが、マッカーサーは、戦争の終局段階であえてフィリピンを対日作戦の戦火に投じた。米中枢部もそうさせた。フィリピン国民は大きな犠牲を払った。少年はフィリピン人にこの問題をはっきり質したことはないが、心あるフィリピン人はこの米作戦を厳しく批判している、と思っている。(p64)