米軍の残虐行為

アメリカに問う大東亜戦争の責任』長谷川熙

 リンドバーグは昭和二年(一九二七年)に、米大陸と欧州の大陸間無着陸飛行に成功したが、その後幼児の長男が誘拐、惨殺されるという曲折の人生を送った。第二次大戦中は陸軍省顧問の資格で太平洋戦線を回ったようだ。そこで彼は米側の諸蛮行を知り、著書に書き残す。例えばこんな具合いである。

 「…途中で、話が日本軍とわが軍が犯す残虐行為に及んだ。わが軍の一部兵士が日本捕虜を拷問し、日本軍に劣らぬ残忍な蛮行をやってのけていることも容認された。わが軍の将兵は日本軍の捕虜や投降者を射殺することしか念頭にない。日本人を動物以下に取り扱い、それらの行為が大方から大目に見られているのである。(略)太平洋における戦争をこの眼で見れば見るほど、われわれには文明人を主張せねばならぬ理由がいよいよ無くなるように思う」
 「入口をはいったところで、日本兵の死体に出くわした。直立不動の姿勢のまま、縄で柱に縛りつけてあった」

 米軍は日本兵の投降者を捕虜にしないで殺しているという事実についての米兵士の会話をリンドバーグ氏が記述している中に、日本軍の野戦病院をある米軍が通り抜けたら一人の生存者も残っていなかったとか、飛行機で輸送中の日本兵捕虜を機上から山中に突き落とし、切腹での死亡と偽わるオーストラリア軍の話も出てくる。日本兵の耳、鼻、首、頭蓋骨などを米兵が土産に持ち帰っている状況も描写されている。(p139)