裁判に対する申し入れ

『幽囚回顧録今村均 中公文庫

 戦争の惨害をなるべく軽減するため、国際条約である陸戦法規や、これにもとづく俘虜取扱条約などが作られており、これらを守ることは、たしかに必要のことであり、人道上からも、かくあらねばならぬと思う。このために、右に違反した行為を裁判し戦犯者を罰するということは、全人類に反省をうながすものとして肯定されなければならぬ。しかしながら今度、連合軍の行なった軍事裁判は、つぎの観点から私は合法正当のものとは認めていない。

 一、敗者だけをさばき、戦勝者の行為にはいっさい触れようとしない。
 たとえば帰還復員のため、武器をすてて日本船の来着を待機している日本軍に対し、各種強制労役を課したり、わが将兵にくわえた豪軍人の不法暴虐はいっこうにさばこうとしない。私のなした数十回の抗議に対し、さすがにイーサー師団長は幾度も部下に訓戒を発し、ときには自身、自動車を駆って不法行為をやった部隊にかけつけ訓諭したこともある。が、一件として、これの軍事裁判をやったということを聞かなかった。
 彼らのうちには「戦争犯罪は、終戦後の事犯にはおよばないものだ」などというものがあるとのことだが、日本軍人の終戦後の行為は、どしどし裁判にかけている。そんないいわけはたたない。第一、無警告に広島や長崎に原子爆弾を投じて、無辜の老幼婦女子までも殺戮した命令者やそれを実行した者は、英雄をもって遇されている。連合軍の行なった裁判は、まったく勝者の権威をいっぽう的に拡張した残忍な報復手段であった、としか認められない。
 二、この裁判は終戦の年(一九四五年)に、戦勝国間だけできめた戦争犯罪法を根拠としたもので、世界が認めた国際法にもとづいたものではない。
 三、日本軍首脳部の責任である事項を無視して下級者を罰している。
 たとえばインド人、中国人らの捕虜を宣誓釈放のうえ、労務部隊を編成して輸送した大本営支那や南方の総軍司令部を調査することもしないで、これを捕虜部隊だったと独断し、それらを取りあつかった日本軍人を罪としている。
 四、一般の裁判、とくに証拠を尊ぶ英国法裁判では許していない聞き伝え証言を、この軍事裁判は有効としてとりあげ、罪状を決定する。
 五、激烈な戦況下に行われた行為とか、戦場心理などは、いっさいこれを無視して考慮外におき、平常的観念でさばく。
 六、日本軍での命令は絶対の権威であり、ことに、敵前でのものは断じて違反し得ないものであることを知っていながら、その責任を命令者だけにとどめず、実行にたずさわった下級者にまでおよぼしている。(p22)