悪罵の嵐

『幽囚回顧録今村均 中公文庫

 つぎには、軍人は軍閥の走狗になり、国をつぶした不忠もの、との世のののしり。この悪罵の嵐は、たしかに終戦直後、国の内外に吹きすさび、今でもその余勢が静まりきってはいない。これは、つぎの三つの事情によるのです。
 第一は、アメリカ軍の行なった大きな宣伝のためだ。彼らは考えたのだ。日本の天皇終戦を決意されても、この勇敢決死の民族の闘志は、容易のことでは静まるまい。現に決戦を直訴しようとした陸軍軍人もあれば、終戦詔書渙発のあとに飛びだし、米艦隊に爆弾とともに突撃した幾多の海軍特攻隊もあったではないか。従って日本の占領は、大きい犠牲なしには出来まい。すみやかにこの国民の戦意を喪失せしめることが、最大緊急の要務だ。これがためにはまず国民の団結を破壊し、相互に争うようにしむけ、完全に弱体化しなければならない、と。そこで彼らは、第一に、日本の全新聞、雑誌、印刷所、ラジオを、その勢力のもとにおさめ、米軍は、決して日本民族を敵とするものではない。いな、反対に、長い間封建的勢力により、抑圧され自由を奪われていた不幸な境遇から民衆を解放し、民主自由のしあわせを享受せしめようとするものだ。米軍が敵とし、処罰せんとしているものは、国民を無知にし、これをあざむき、その犠牲の上に、侵略戦争を世界にいどみかけた悪魔的軍閥と、その支持者だけだ、と呼号し、これに最大の力と金とをそそいだあらわれである。(p143)