ブルドーザーで死体を片付ける英軍兵士

あるドイツ人記者によるロベール・フォリソン教授へのインタビュー(第一部)
http://blog.livedoor.jp/dodard/archives/5083623.html

 イギリスがベルゲン・ベルセン収容所について行なったプロパガンダについて特に多く語られましたね。

 ええ。
 ウィンストン・チャーチルの同胞は、ベルゲン・ベルセン収容所でたいへんな手柄を立てたのですよ。

 私が<ブルドーザーのトリック>と呼ぶものです。1945年4月、人口密度が過剰だったベルゲン・ベルセン強制収容所では東部からもたらされた感染症が猛威をふるい、収容所内はまさに病巣と化していました。原因は、英米軍による度重なる空襲のために食料が底をつき、水道が断たれてしまったことでした。
 そのためドイツ当局は、強制収容所に近づきつつあった英国のモンゴメリー隊に使節団を送り、収容所が置かれた衛生状況(また、無検査で捕虜を一挙に解放した場合にドイツ国民を含めたあらゆる人々を襲いかねない危険)について知らせました。
 英軍はSSと協力することは拒否しましたが、ドイツ国防軍なら状況改善のために手を貸すことを受け入れました。
 到着したイギリス人達は、墓を掘り起こして死体を数え、それが終わると再び大きな深い穴にそれらを埋め直すことにしたのです。死体を穴に収めるために彼等はブルドーザーを用いました。ブルドーザーが操業している様子は現場でフィルムに収録され、映像の幾つかは後世にまで伝わることになります。何よりもドキュメンタリー映画(あるいは“デマメンタリー”と言うべきでしょうか?)『夜と霧』(1955年)のおかげです。
 何百万という視聴者が、この映像こそが、ドイツ人が来る日も来る日も産業的規模で捕虜を殺していた証拠であると信じたのです。ブルドーザーを運転しているのがドイツ人ではなくイギリス人だと見抜くことができた視聴者は稀でしょう。歴史検証主義に一挙に反論するために1978年、南アフリカで出版された書物に掲載された写真では、ブルドーザーと死体は見られますが、運転手の頭部はカットされていました。運転手がドイツ人だと読者に思わせようとする意図が明白です。