バターン死の行進

『特攻 最後の証言』「特攻 最後の証言」制作委員会

 八紘第六隊石腸隊  吉武登志夫 陸軍少尉

 ――歩くといえば、よくいわれるのがバターン・デス・マーチ(バターン死の行進)ですね。日本軍が捕虜を無理やり歩かせたということで戦後、非難の対象となった事件の一つですが、フィリピンでこれだけ長距離を歩かれた体験からどのように思われますか?

 吉武 「(フィリピンの地図を指して)バターンというのは、ここから、このくらいの距離(60~70キロ)ですからね」

 ――平地ですね。確かに捕虜は疲弊し、マラリアに罹病したりと、日本軍がそのへんを見誤ったところはあったでしょうが、言われるほど非人道的な移動ではない気がします。

 吉武 「戦争に負けたというのは、そういうことなんですね(笑)。戦後、慰霊のためにフィリピンに遺族の方たちと行ったことがあります。現地の人の対応はとても良かったですね。どこの国民も同じだと思いますが、国のために純粋な気持ちで命を捧げた人に対する感情というのは、民族が違っても通じるものがあるのではないかと思いました。フィリピンの人からすれば敵国の部隊ですが、非常に大切に扱ってくれますね」(p148)