最初の世界音楽がカリブで生まれる

『ポピュラー音楽の世紀』中村とうよう

 世界で愛された「ラ・パローマ」
 ジャズは二十世紀の開幕とともに出現して、世界に広まった。そのため、世界的な現象としてのポピュラー音楽というものはジャズとともにスタートした、と見られがちだ。だがポピュラー音楽の世界化の胎動は、ジャズに先立ってすでに十九世紀に始まっていた。それはニューオーリンズのすぐ南側、カリブ海で起こった。しかもぼくの見方では、カリブの島々で十九世紀後半に起きた新しい音楽の動きは、世界の音楽の根本を変える、ジャズの誕生よりもっと重要な革新であり、これこそが二十世紀ポピュラー音楽への道を開く決定的な出発点だったのである。ニューオーリンズにもそれは大きな刺激を与え、ジャズの誕生にも寄与した。
 フォスターが「懐かしいケンタッキーのわが家」などを作ったのと同じころの一八五〇年代に、スペイン人の作曲家セバスティアーン・イラディエール(一八〇九―六五)が「ラ・パローマ(鳩)」を書いた。楽譜がマドリードで出版されたのが一八五九年である。その後この曲はヨーロッパ各地で、そしてアメリカでも広く親しまれた。(p30)


 世界史のなかのカリブ海
 キューバだけでなくカリブの多くの島々で、アバネーラが出てきた十九世紀よりずっと前からアフリカとヨーロッパの踊りのリズムが融合して、さまざまな新しい民衆文化を生み育てていた。そんななかからポピュラー音楽と呼ばれるものが開花してゆく。かねがねぼくは、世界でいちばん早くポピュラー音楽が芽ばえたのはカリブ海と南アジア・東南アジアだ、と主張している。なぜそんな場所で新しい音楽の動きが、早い時点に起こったのだろうか。この疑問には簡単に答えられる。コロンブスたちが最初にやって来たのがカリブ海であり、ヴァスコ・ダ・ガマの船団がたどり着いた地点が南アジアだったから、である。(p35)