「南京大虐殺」の造語は、米国が創作したものだった

『ひと目でわかる「日の丸で歓迎されていた」日本軍』水間政憲

 中国がいまだ諦めずに「南京大虐殺」を政治の道具として利用しているのは、中国共産党が一九四九年に政権を奪取する以前に、戦後、最初に「南京の大虐殺」などと政治宣伝したのが米国だったからなのです。(p50)


 現在に至る「南京大虐殺」の原典は、連合国最高司令部民間情報教育局が編集制作した日本人洗脳ラジオ放送『真相箱』だったのです。
 上と51ページの写真は『真相箱』では日本軍が怒涛のように攻め込んで虐殺をしまくっていた、まさにその時期に撮影されたものです。
 『真相箱』の台本には「この南京の大虐殺こそ、近代史上稀に見る凄惨なもので、実に婦女子二万名が惨殺されたのであります……」と書かれていますが、実際、東京裁判に提出された埋葬記録では、城内「女・八体」「小児・二六体」だけだったのです。また同時期に南京城内を取材した『ロンドン・タイムズ』は、同十八日に「十四日……通りには死体が散在したが、女性の死体はなかった」と報道していました。(p50)